差出人: Masayuki Nakamura
送信日時: 2012年9月8日土曜日 11:07
宛先: sento-freak@yahoogroups.jp
件名: 有馬湯(台東区竜泉)

ナカムラです。

今日(9/1)は、「有馬湯(台東区竜泉)」に行ってきました。三ノ輪駅(東京メトロ日比谷線)から、0.6キロ、7分くらいです。

シネパトスがまだ銀座地球座と呼ばれていた頃から、三原橋地下街の風景が好きだった。三原橋は、戦災の瓦礫の廃棄場所として埋め立てられた三十間堀川に架かっていた橋。その橋の下に造られたのが日本で2番目に古い三原橋地下街。

橋桁が、今も地下街の天井になっている。晴海通りの両端の地上部の建物を含め、昭和モダニズム建築の旗手、土浦亀城の設計で、1952年に建設された。東京都と政商末裔との間で、利権調整に手打ちがなされたのか、来年3月で耐震性の問題から取り壊しになる。そして、銀座唯一の名画座も閉館する。

このシネパトスで、90歳の報道写真家・福島菊次郎氏を追ったドキュメンタリー映画「ニッポンの嘘」を観る。上映前にトイレで小用をしていると、眼前に”ポップコーンって映画館くらいでしか食べないよなぁ”とラベルライターで小さく書いてあって、やられてしまった。ポップコーン300円を買う。予想外に美味しいものだった。

映画は少し疲れるものだった。ベローチェで転進すべき先を決める銭湯会議を行い、銀座駅から上野駅経由で三ノ輪駅まで、北北東方面へ。

有馬湯は吉原のすぐ近く。数年前にあったコンクリ煙突は撤去されていた。古いコンクリ造の浴場専用の建物。ロビーの増設とともに、通りに面した部分を改装してある。さほどの趣はないものの、何やら中が素晴らしいという話があって気になっていた。

現在三代目。創業は古いらしい。昭和22年の航空写真に先代の建物が、昭和38年の航空写真に現在の建物が写っている。戦前築だろう先代建物は、現在のコンクリートの建物よりも90度左を向いていたようだ。そのため、昭和30年代に改築されただろうと推察される建物は、横に長く、脱衣所および浴室など内部の間取りも通常よりも横に長い。

向かって右側の自転車置き場の床に旧エントランスの古いタイルが残っている。壁には不思議なアールがある。オリジナルのエントランスに想いが膨らむ。

現在の入口は向かって左手。小さな靴脱ぎと、アクリル扉で松竹アルミ板鍵のコンパクトな下足箱が左右にある。自動ドアを入れば円弧型のカウンターと明るいロビースペース。照明にも拘っている居心地のいい空間だ。

脱衣所に進むと、幅3間半、奥行3間の空間。天井は3間くらいと高く、長斧で削った装飾の棟木を頂点とする船底天井。棟木からは、やはり長斧で削った装飾の桟が下りる。その間に填められた天板には高級な材料が使われている。

ロッカーは、横長の脱衣所につきSakura-3錠の大小の島ロッカー横置きに並び、さらに入口方壁にある。奥行きのある濡れ縁に繋がるガラス戸は、木製の幅広の4枚物の扉。アナログ体重計はゴツい”寺岡式高級自動台秤”だった。

浅草近くの銭湯で必ず見かける、「浅草シネマ」「浅草中央劇場」「浅草新劇場」の、三色刷り、文字だけのポスターがある。浅草ではこの3館を含め、松竹の子会社が経営する5つの映画館が、建物の老朽化を理由に、10月までに全て閉館する。”活動写真館”発祥の浅草から、映画館が消失する。ついつい、古い映画館のことになると感傷的になってしまう。。。

浴室は、幅3間半、奥行も3間半ほど。天井は半円の弧を描くコンクリ造のドーム型で、最高部は4間弱もある。航空写真で見た時には、寸詰まりの昔の映画館(例えば三軒茶屋中央劇場)のように見えたけど、これだったのか。極めて稀な構造だ。

シンプル、レトロ、サイレント、クリーン・・・。一瞬で惹き込まれ、軽く興奮させられた。

カランの無い外壁側はフルオープンで、手入れされた庭池と浴室とが一体空間になっている。相客は1人。ただでさえ静寂な空間。音が籠もらないので、静かなジェットの音のほかは、深い静寂が支配している。

ペンキ絵はないものの、幅のある奥壁には、章仙の手による、画面左に鯉の滝昇り、右に松木の下の庭池に泳ぐ鯉を配した絵付けタイル絵。さらに、男女境には、塚本暁舟画と見られる花鳥風月のタイル絵。遠くに山々を望む湖上に雉が舞い、山鳥が飛ぶ。湖岸には、梅、紅葉、牡丹、松木、椿などが並ぶ、古風かつ見事なタイル絵だ。塚本画と早期の章仙画のタイル絵の華麗なる競演。これらは、先代の建物から移設された物という。とすれば、戦前のタイル絵なのかも知れない。

島カランは2列で、カラン数はセンターから7・5・5・5・5・0。立ちシャワーすらないイニシエ仕様。床のタイルは3センチ角の白いレトロなもので、小生が勝手に”胃袋型”と呼んでいる形。この模様の古いタイルに初めて遭遇する。

フルオープンなので、奥行き2間弱程の庭に出ることが出来る。大きな立木、石材を枡形に組んだ井戸、大きな涸滝にはかつて落水が有ったのだろう。庭の奥には、母屋の相当に古い木戸があって、この庭池の渡り石を通りアクセスするようだ。池に張り出した木製の手摺りを持つ居室。庭池に面した、旅館の離れのような趣。静かにテレビの音が漏れてきた。

浴槽は、シンプルな深浅2槽。深槽は何らの仕掛けのないもので、澄み切ったお湯を通して、底の黄緑色のタイルまでが歪みなく見通せる。幅のある広い浅槽も、庭側に2穴ジェット×2だけというシンプルさ。常に音を発する設備がこのジェットだけというのも、浴室の静寂を支えている。

こんな中で、井戸水をガスで42度弱に沸かしたお湯に浸かっては、風に当たり、整備された木桶で水を被る。疲れが鎮まり、精神が解放されていく。なんという贅沢な空間なんだろう。チープで極楽。満足至極。

土曜日の20:25から21:15に滞在。相客は都合3人くらい。夕食あるいはその後の一服の時間で、空いている時間だったかも知れない。吉原の隣、構造的にも面白く、九谷の文化財級のタイル絵がある。何より、静かで風情に満ちている。優れた郷愁銭湯だった。

ただ、浴室から素足で庭に出るのは注意が必要だ。戻って来ると、浴室の白いタイルに、泥による足跡が点々と残っていて、少々慌てることになる。

【参考】三原橋地下街の謎

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
URL: http://www7a.biglobe.ne.jp/~masayuki/ (風呂屋の煙突)
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