差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2004年6月5日土曜日 11:49
宛先: 銭湯ML
件名: 文花湯(墨田区文花)

ナカムラです。

今日(6/4)は、「文花湯(墨田区文花)」に行ってきました。

城東地区は遠いけど、和田さんの「昭和モダンな外観」で美しいという言葉に惹かれました。
6月6日には廃業なので、今を逃すと、訪れる機会はない。

最寄駅は小村井駅(おむらい、東武亀戸線)から0.9キロ、15分程度です。
亀戸線は、東武鉄道が総武線に乗り入れていた戦前時代、東武の本線だった。
今年で開業100年を迎える由緒ある線区。
でも、2両の電車が止まる小さな駅だけど・・・。

銭湯巡りでもしなければ、一生降りることのない駅だったと思う。
駅前には1カン60円の立ち食い寿司屋の暖簾が揺れていたりと、どことなくローカルな雰囲気が漂っている。

香取神社、文花市場、都営文花一丁目住宅を通過。
都営住宅に建築標識が・・・。
建て替えなのかと読むと、「昇降機設置工事」とのことだった。
昭和40年に建てらた古い建物なのでエレベーターが付いていない。
住人も高齢化してきているのだろう。

同湯は、その都営文花一丁目住宅の脇にある。
昭和33、4年の開業らしい(番台の女将?談)。
今の都営住宅より古いけど、その前も平屋の都営住宅が並んでいたのかな。

左に酒屋がある4間ほどのアプローチの奥に入口がある。
確かに「昭和モダンな外観」。
箱型の入口棟の奥のファッサードは、長方形の上に半円出っ張りを付けてデザイン的にアクセントを付けている。
色も温かみのある黄土色でそれらしい。
古い商店や旅館の入り口に見る材質・構造だけど、このタイプの構造が流行ったのは、昭和中期というよりはもっと昔じゃないかなぁ・・・。

女将の手作り風の暖簾上の、嵌め殺しのガラス窓に、「文」「花」「湯」と白い文字で書かれている。
暖簾とその窓の両サイドは、ガラスブロックが積まれている。
きっと、昼は明るい入口だと思う。

正面の傘を突き刺す式のロッカー式の傘入れに、閉業の告知が立てかけられていた。

お知らせ
都合により6月6日の営業にて閉店させて頂く事となりました
長い間、誠にありがとうございました
文花湯

ばあさん連が、また会えるよねと話ている。
孤独にさいなまれる老人が、銭湯に行くケースがあると聞いたことがある。
銭湯がとりもつコミュニティーというものも確かにある。

玄関を入って番台裏の彫物が見所と松岡さんが教えてくれたけど、ロッカー式の傘入れがあり確認できなかった。
訪問の目的でもあったので、残念・・・。

下足箱は松竹錠。68個ほど。
小生は、空いている時はいつも62番を愛用している。

番台が変っていた。形は前面がカーブしているよくある構造。しかし、側面にタイルが貼られている。
基本的に長方形のタイルだけど、所々に弓矢の羽根の形の色タイルが嵌められている。
番台がタイル貼りというのは初めての遭遇だった。

脱衣所の広さは幅3間、奥行3間半。
天井は折上部は漆喰でアールが付けてある。
天板は、男女を横切るかたちで黒大理石模様の天板が貼られ、その他は昭和中期的な木目をプリントしたチープな合板が貼られている。

閉店2日前の20:30。無駄なものがない、やや殺風景な空間。
中央に島ロッカーが36個(松竹の板鍵)、その上、観葉植物の鉢、家庭用扇風機、大きな水槽(金魚が泳いでいる)。
外壁側にもロッカー。大黒柱には黒い柱時計が現役。但し、少しだけ古さが足りない感じ。
アナログ体重計はメーカー不詳。表示板に体重によってボクシングのランクが書いてあるものだった。
その他には、壊れた「パイゲンC」と書かれた明治乳業の冷蔵庫、ソファがあるだけ。

浴室は、幅3間、奥行4間のウィング部が狭く、高い天井が広い体育館型。
島カランの上の梁に、蛍光灯の照明器がつり下がっている。

島カランは1列。カラン数はセンターから7・5・5・6。
カランは日の丸扇の角型、全てのカランにシャワーが付いている。
(ジャワーは、出しても出しても、最後まで湯にはならなかった・・・。)

浴室のカラン周りは中普請で改修されているので、オリジナルな姿を残している部分はほとんどない。
外壁側の窓と窓の間の柱がタイル巻になっていて、その小さなタイルがオリジナルかなと感じられたくらい。

浴槽は深浅2槽。
深槽は微かに泡が立ち上っているもの。
ちょっと入ったが47度くらいか。1分ももたなかった。
これ以上熱いと、出た後にヒリヒリする温度だと思う。誰も入っている人を見かけなかった。

浅槽は、外側が逆L字型に張り出していて、狭い部分がバイブラ、外壁側の幅が広い部分に3点ジェットが2つ付いている。
赤外線ランプも付いていたけど、故障しているのか点灯していなかった。
温度も結構熱く、45度くらいだった。
さすがに、これでは下町の親爺連でも熱いのか、複数の爺さんが水を投入していた。
出るころは43度くらいだった。

格子が嵌められた焚き出し口は、外壁側にある。
あまり見ないタイプかも知れない。

ビジュアルは、浴槽上の章仙画のタイル絵(縦5枚×横34+13枚)。
図柄は、鈴栄堂・章仙画前期?のゆったりと泳ぐ池に鯉・金魚。
風呂の構造と同じくこのタイル絵も外壁側にも1間幅で張り出している。

ペンキ絵は、少しくすみとヨレが目立っていたけど、「11.7.31 和歌山 早川」とある川のある風景。
これも、1間ほど外壁側にも描かれている。
女湯側には富士山が見えた。

外観にレトロな特徴を残す下町の銭湯。
薪で焚いているのか、裏の釜場近くでは、ぱちぱちと木のはぜる音がしていた。

都合によりの廃業。
釜場から、ちょっと顔を出した親爺は腰にコルセットを巻いていた。
銭湯は重労働。体力的に限界というのが「都合」なのかな。

同湯ではドリンクの販売がないので、隣の酒屋間の路上にてサントリーの「ライグレ(ライチ&グレープフルーツ)」を賞味。
路上の先客は5、6人。酒屋の主人も赤ら顔。

後ろを振り向くと写真を撮っている人が・・・。
つかささんだった。