富士之湯（岡谷市大栄町）

差出人: Masayuki Nakamura <masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp>
送信日時: 2012年6月3日日曜日 14:19
宛先: sento-freak@yahoogroups.jp
件名: 富士之湯（岡谷市大栄町）

ナカムラです。

今日（5/25）は、「富士之湯（岡谷市大栄町）」に行ってきました。岡谷駅（中央本線）から、1.8キロ、20分くらいです。

旅の始まりは新宿駅の9番ホーム。売店で今日発売されたばかりの時刻表と崎陽軒のシウマイ。さらに、新宿駅の駅弁、田中屋の「復刻鳥めし」を買う。中高生の時、おやつとして学校帰りに食べた懐かしいものだ。値段は倍の500円になっているけど、昔より大きくなっている感じがした。

先ずは「看板建築の町”すわっていいよ”」とアピールしている上諏訪駅で途中下車。以前、ホームに入浴可能な温泉があったけど、今は足湯に変わっている。駅前の丸光百貨店にも温泉が併設されていた。これも百貨店自体が経営破綻し大きな建物が何年もほとんど閉鎖状態で放置されている。

諏訪に5軒あるという酒蔵のうちメジャーな「眞澄」以外の4軒を回り昼から利き酒三昧。最近は、お燗ビン（ガラス徳利）入りの普通酒に凝っている。町の酒屋で買ったものを含めて3つの酒蔵のものを手に入れることが出来た。

そして、衣乃渡川畔の味噌蔵（神州一味噌/丸高蔵）で味噌などを買い、諏訪の衣乃渡遊廓跡にあたる”衣ノ渡モータープール”でイニシエに思いを馳せる。駐車場の中央に小さな廃屋然とした小屋があった。小生は便所だろうと通り過ぎたけど、相方は浴室であることを見逃さなかった。細い扉が男女2枚ある構造はまさしく浴舎。鍵が掛かっているので地元専用だ。片方は物置きだったものの一方はお湯が満たされているようだった。

上諏訪の銭湯はノーマークだったけどこれも相方が観光地図に「精進湯」を発見。駅からさほど遠くないビルの1階。ビル銭湯という趣の市営の公衆温泉浴場だった。料金は250円。昼は休憩があるので暖簾は掛かっていなかった。

雨の予報ではなかったが間断はあるものの弱い雨がずっと降っている。平日ということもあって観光客らしい姿は皆無だった。

さて、2泊宿を取っている岡谷駅に移動。駅前のホテルにチェックインして町の中心の向こうにある「富士之湯」を目指す。かつて養蚕で栄えた岡谷。今はいろんなものが立ち行かなくなるほどに寂れている。

「富士之湯」は、昭和6年あるいは7年の築創業という小屋の造りやエントランスの意匠に洋風の趣が感じられる伝統的木造銭湯だ。後方には土管を積み上げた古風な油井型の煙突が煙を出している。

岡谷の街は、意識が高いのか街路や家々の樹木が丁寧に手入れされ、整然としている。同湯の前に立ってもきちんとした銭湯というのが第一印象だ。

閉じられたエントランスの硝子戸には、毎月26日に無料開放している明日のふろの日が”サマーオレンジ湯”だと知らせる張り紙。姉妹都市の東伊豆町のオレンジが使われているようだ。

硝子扉の中に入ると番台裏にあたる正面に曲面硝子のショーウインドウがあり、福助の人形が座っている。左右にはツルカメ錠の下足箱。入口脇の花柄の硝子はいったいいつの時代の物だろうか。そして、床や、曲面になっている番台裏のタイルの施工は緻密だ。

寒い土地のせいだろう、番台への入口はドアダンパーで自動的に閉じる構造になっている。男・女湯の表示板は小さなホーロ－製のものだ。

中に入ると前面がカーブした板張りの激渋の番台。しかし、番台の主は不在だった。相方と番台をはさみどうしたものかと。。。そうこうしていると女将さんが現れてひとり380円の料金を支払う。女将さんは不在だったことをしきりに詫びている。

同湯は80歳も近いだろう女将さんが1人で切り盛りしている銭湯だ。燃料は薪なのでスイッチを入れれば済むというものではない。営業時間中は番台と釜場とを往復している。番台が時折不在になることは必然のこと。

脱衣所は、期待を裏切らない古風な空間だ。幅は2間半、奥行は3間程度。天井は高さ1間半で押縁の天井になっている。板張りの男女境、古い鏡、ペンキ塗りの棚など随所に郷愁が満ちている。

ロッカーは、Sakura2錠の島ロッカーが縦置きに1つと、壁側に折鶴錠のもの。扉は赤とオフホワイトのものが市松模様を描いている。

浴室は、幅2間半、奥行3間。プラ板張りの天井は上部が狭いながらも2段型の形状をして両側は窓ではなく鎧戸になっている。島カランはプレーンなものが1つで、カラン数はセンターから4･2･ 2･6。いくつかのカランは取っ手が取れている。

タイル類はすべて更新済み。壁は大判の白、床は5センチ角くらいの足触りのいい朱とオフホワイトのものが市松模様に張られている。玄関、脱衣所もそうだったけど、浴室の清掃にも隙がない。これほどのレベルを１人で維持するのは並大抵ではない。。。

浴槽は、奥壁に台形型のものが1槽。温泉場の湯船のように掘り込まれたかたちで設置されている。湯温は41度くらい。雨降りで肌寒い日なので少々もの足りない温度だ。 1人だけの相客もそう感じたのか、カランを開けて熱湯を注ぎ込んでくれた。中普請で綺麗な浴室だけど温度は自動調節ではないらしい。洗い場のカランも押すと熱湯が出る。温度調節の設備がない最もシンプルな形だ。

ビジュアルは、朱、橙、黄、オフホワイトの4色のタイルで岡谷から見える八ヶ岳を抽象的に描いたデザインになっている。手前は阿弥陀岳。その奥は主峰の赤岳だろう。ペンキ絵だったのだろうか、中普請の前には富士山の絵があったという。

髪を振り乱しての孤軍奮闘のはずだけど、髪をひっつめた華奢な女将さんはあくまで上品で朗らかだった。それが同湯の印象を濃いものにしたのは間違いない。

案内板の営業時間はマジックインキで何度も書き直されている。営業時間は段々と短くなった。かつては朝6時からの朝湯。2階には卓球台が置かれた休憩スペースがあって大勢の客が訪れた。沢山あった周囲の古いアパートは壊され更地になっている。温泉施設が出来て更に客が減った。

金曜日の18:50から19:40に滞在。相客は1人。シルクから、戦後、精密機械製造の都市に変貌した岡谷。岡谷の衰退とともに同湯も静かに齢を重ねてきた。静かさと清潔さとが小生の記憶にいつまでも残る。そんな優れた郷愁銭湯だった。

上がりは東急百貨店が撤退し、市が賃料無料で後継テナントを募集したという再開発ビルに入る「ぶる」という居酒屋で一杯やり、”神渡”の酒蔵、岡谷浴場などを眺め、町の外れにある駅前のホテルに帰館。。。

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ナカムラ　（Masayuki Nakamura）
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