差出人: Masayuki Nakamura
送信日時: 2003年11月3日月曜日 1:20
宛先: 銭湯ML
件名: [sento-freak:04527] 船橋湯(世田谷区船橋)

ナカムラです。

今日(11/1)は、「船橋湯(世田谷区船橋)」に行ってきました。
つかささんに東京で有名なボロ銭は?と聞いた際に、1番に名前が挙がった銭湯で、以来、気になっていた所。

銭湯マップでは駅から0分となっていますが、駅から煙突が見えなかったので、駅前の交番で教えてもらいました。どこでもそうだけど、銭湯の名というのは知られていないなぁ。(正面に小さく書いてあるだけだから・・・。)

「船橋湯」という名前かは知らないけど・・・、と前置きの後、おまわりさんに場所を教えてもらいました。駅前の一角の裏側という立地でしょうか、1分程度で着きます。途中に、コンニャク屋なんぞもありました。豆腐屋は方々にあるけど、コンニャク屋は見ないなぁ・・・。

道路から10メートルくらい路地を進んだところに暖簾が掛かっています。確かに、強烈な存在感を発揮している。すべてが煤けている。それに、ボロである。

暖簾をくぐると、円形の、下に金盥を付けたような、傘立て。下足箱はおしどり錠の旧型。蓋はさび止めのペンキのようなエビ茶色のペンキが塗られている。先月、横須賀でおしどり錠の旧型に2回遭遇したけど、それぞれ大正期と昭和2年築だった、この銭湯も・・・。番台へのドアは、スリガラスを嵌めた木戸、スプリングで元に戻る式の引き戸。珍しいし、レトロである。

番台は低く広い。向こうに、お釜ドライーをかぶっているお姉さまと、オール木製の扉に黒で大きく数字が書いてあるロッカーが見える。番台は94歳のおばあさん。姿勢正しく座っていている。半分寝ているようなんだけど、お金を差し出すと、一瞬、笑顔が返ってくる。さすがではある。

天井は格天井(5×10)。折上げにはなっていない。天板はどう見ても煤けたベニヤ板。蛍光灯がつってあり、天井のその部分が、1.5メートル辺の菱形。竹ザルのように、編んだようになっている。真っ黒・・・。浴室への木戸、梁、窓枠とすべて渋いこげ茶。畳1畳より大きい古い掲示板(?)が男女ともに掛かっているけど、何の掲示もなく半ば崩れてボロボロ・・・。

脱衣籠が入口脇に積んであるのと、壁側に松竹錠(板鍵)のついた普通のロッカー。男湯にはオール木製のロッカーはない。「1010」が10冊くらい積んであるテーブルと椅子が3脚。恐らく、静寂が支配している銭湯なんだろうけど、今日はテレビが大音量で流れているので少々騒々しい。(浴室に入っても同じ・・・。)中型の銭湯だけど、番台の女将が年が年で、かなり耳が遠いのだろう。

浴室。天井は2段型。かなり煤けているし、ねずみ色になったペンキがかなり剥離している。浴室もメインの照明は天井から吊り下げられている蛍光灯。だから、余計に天井が暗く、くすんで見える。

島カランは1つ。カランは、センターから6・4・4・4で、日の丸扇の刻印がある温泉マーク付きの旧型。島カランは、カラン以外には何もないプレーンな形。それに、この銭湯にはシャワーというものがない。カランの湯は熱かった。1:1に水を入れて丁度いいくらい。これは、かなり熱い部類に入ると思う。

また、古さを証明するように、普通はカラン下にある排水を流す溝が、1つもない。これで、混んでいる時代はどういう状態だったのだろう。他人の垢が流れてきたら、抵抗あるなぁ・・・。古いから仕方ないのかな、センター下座に座ってたけど、多少、入口側に配置された排水溝の臭いが気になった。

桶は赤でヤクルトと書かれている、白いもの。初めてみるなぁ。このロゴは昔のものだし。

浴槽は深浅2槽。ジェットすらない、シンプルこの上ない浴槽。深い方は44度くらいかな、結構熱かった。

浴槽の上にタイル絵が2枚。兼六園なのかな、池と灯篭の図と、もうひとつは池の鯉。双方とも朱書きで「谷九」と、正方形の中に書かれている。さらに、2、3枚の広告看板の上に、中島師の富士山。絵はさほどくたびれてはいなかった。

塗装が剥げて、ややコンクリ剥き出しになったセンターにもタイル絵が3枚。脱衣所側から、キジ(鈴栄堂)、鷹(鈴栄堂)、奈良公園か五重塔や鹿が描かれたも
の。鈴栄堂のタイル絵には、例の朱印はあるものの作者の銘はなし。奈良公園も円に縦書きで九谷と入っているだけで、銘は無かった。

釜場の戸も木製で、破れた障子紙が張ってあるもの。銭湯の戸に障子紙・・・。まぁ、湯がかかるわけではないが・・・。

上がって、テレビが騒々しい中で、ポカリスェット。100円差し出すと、女将、眠りからさめて、きっと笑顔が一瞬。

戦後の材料が無いときに建てられたのか、使われている材料が質素なのが印象に残った。それが、このボロ銭を、さらに印象の強いものにしている。
湯は、熱いながらも、やわらかくいい湯だった。