差出人: Masayuki Nakamura
送信日時: 2014年8月10日日曜日 6:48
宛先: 銭湯ML (sento-freak@freeml.com)
件名: 布袋湯(和歌山県有田郡湯浅町湯浅)

ナカムラです。

今日(6/19)は、「布袋湯(和歌山県有田郡湯浅町湯浅)」に行ってきました。湯浅駅(紀勢本線)から、0.3キロ、3分くらいです。

醤油発祥の地という湯浅。醤油蔵の並ぶ辺りは、江戸時代からの家並が重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定されている。

先ず、古い駅舎を眺め、かつては駅と同様に町外れだった花街跡の探索から始める。事前の簡単な調べでは「久保里」という料亭街しか分からなかった。

しかし、観光資源を有する町だけあって町の観光課には若手の精鋭が配置されていた。気合い十分の若手職員からの情報で、芸妓娼妓の区別は分らないけど、久保里、コンクリ街、新地等の4つもの花街を歩くことが出来た。醤油、金山寺味噌などの醸造業で栄えただけに、恐らく無名だろう湯浅の花街の規模は、想像をはるかに超えるものだった。

昭和2年に鉄道が開通する以前からの歴史がある湯浅において、同湯は駅に近い新興の立地。4つの花街に囲まれ、恐らくは”娼”だった「新地」に最も近い場所に位置している銭湯だ。ただ、昭和43年の全国浴場銘鑑によれば「新地湯」という屋号の銭湯もあったようだ。

ネットで日曜日が定休日ということは把握していたものの、電話番号は最後まで分からなかった。現在も営業しているのか、営業時間は何時までか分からない。とりあえず、今日の営業の有無と、早仕舞いの恐れもあるため仕舞いの時間を聞きに行く。

営業時間は16:00開店。30分程度でご常連は上がって行き16:30以降はガラガラ。遅くとも18:00には店を閉じるという。定休日は聞きそびれたけど、資料館になっている甚風呂(旧戎湯)の案内の方によれば、日曜日だけではないようだ。

町役場、遊廓の遺構、醤油蔵、しらす丼、湯浅で最も古い銭湯だった甚風呂(旧戎湯)と回る。風呂の時間から栖原地区の散策は湯上がりの後に回して、改めて布袋湯に向かう。

さて、布袋湯。明治時代からの建物を今に引き継いでいるとも言われる。しかし、町の成り立ちの時期からして昭和初期の建物ではないだろうか。黒瓦を載せた平屋のむくり屋根の建物。後方には破れた感じの煙突が見える。そして、極めつけはアーチ型に入口を穿った煉瓦塀。唯一無二。極めて個性的な外観を持っている。

表の生活道路(県道)に面した店の多くは店を閉じている。同湯裏側の路地にも美容院などが有り、隣には喫茶店だった跡もある。昔は同湯一帯が、路地裏までにも及ぶ繁華街だったようだ。

さて、煉瓦のアーチを潜り布袋湯へ。暖簾はちびてしまったようで掛かっていない。しかし、女将さんが嬉しそうに新調の心づもりを話してくれた。

左手の狭い庭の一部には、工事現場に置かれているような臭突が突き出た樹脂製のトイレボックスが置かれ、ちょっと風情を殺いでいる。

木製の古い扉を開ければ、半畳ほどのコンクリのたたきがあって右手には板張りの番台、左手には靴棚がある。

京都などの古い銭湯がそうであるように、同湯の脱衣所の床とコンクリのたたきとは高低差があって”よっこらしょ”と昇る必要がある。

脱衣所の広さは2間四方。天井は和風旅館のような押し縁のもの。床はしっかりとした厚手の板が黒光りしている。そして、浴室へ通じる扉の上部には、木枠の桟に青・赤・緑・オレンジのガラスを填めた、簡素な和風のステンドグラスが置かれている。

ロッカーは取っ手だけで錠前がないオール木製ロッカー。ロッカーの扉には筆文字の平仮名で、花の名前が記されている。その数27。聞けば、新地の御姐さんの名前に由来するという。「ぴーす」という花の名前ではないロッカーが1つあって目を惹いた。

その他には、Iuchiのアナログ体重計、旧型マッサージ機、男女境の古風な鏡、何故か電球がたくさん入った番台上の戸棚など、最小限のものがある。営業前にはあったかな、男女境に花瓶を載せる台が設えられてあって、紫色の紫陽花が活けてある。

浴室に入る扉の両側には、単にベーシュ四角を群青のタイルで囲むという意匠ながらタイル張りの装飾がある。浴室の広さは横2間、奥行2間半ほど。天井高は2間くらい四角錐型で中央に湯気抜きがある。周囲の壁には白色の古風な風合いの中判のタイルが使われているものの、黴の浸潤が凄く古銭湯独特の景観がある。

カランは外壁側に僅か2機のほか、立って使う水のみが2機。カランは「ゆ」と刻印のある取っ手を含めオール金属製の古いもの残っている。カランからの水はかなり鉄臭いものだった。鏡は外壁側に、立って使う木枠のものが1つあるのみ。共用の髭そり用だろうか。

床のタイル使いは、1センチ角のタイルを複雑に組み合わせ井桁が連続する意匠の見たことがないものだった。

浴槽は、男女境に接した踏込み段がある深浅2浴槽。ジェットなどはないものの、循環が効いた清澄なお湯が満たされている。井戸水&水道水を重油で沸かしたお湯は42度弱。円やかでしっとりとしたいいお湯だ。

浴槽に身を沈めていると、創業当初からというカフェー(遊廓)調のチープなステンドグラスを通した夕陽が清澄な湯面に揺らめく。銭湯のステンドは経験があるけど、その光が湯面に反射しているのを見たことはない。新地の銭湯ということも相俟って、強烈に記憶を刺激する光そして影だった。

78歳になる大将と、かなり歳が離れている感じの女将さんとの2人だけで切り盛りしている。長い休業などはないけど、旅行に行く際には休むわと笑いながら話していた。

木曜日の16:45から17:45に滞在。相客は1人。飲料の販売はない。女湯では後期高齢の年齢を遙かに超えたようなご常連が、三々五々の帰り際、小生の相方に握手を求めるなど和やかな様子。なかなか経験することがない第一級の郷愁銭湯だった。

あがりは、向かいの廃業旅館「中央館」の飲食部なのか、「中央館 かまた」という暖簾を掛けた居酒屋でビールでも飲みたかったけど、岬の向こうの湯浅の栖原地区の町並みが気になっていた。ぐっとこらえて栖原に向かう。

栖原地区では時間の関係でゆっくりと散策は出来なかったが、空家が多い漁師町を歩いた後、「和歌山県の朝日夕日100選」に選ばれているという美しい夕日を見ることが出来た。

(追伸)ロッカーの扉に書かれていた花の名前。はぎ、やまぶき、しのぶ、ぴーす、なでしこ、ききよう、すすき、ふよう、かずら、だりや、さつき、すみれ、つばき、らん、もも、つきじ、きく、もみじ、つた、ゆり、あやめ、きり、ぼたん、ばら、まつ、うめ、さくら、ふじ。

※相方のサイトも併せてご覧下さい。
 「東京、北の生活。」  銭湯覚書  布袋湯

※併せて新地他の画像もご覧下さい。
 旧戎湯〔甚風呂〕
 湯浅・新地
 湯浅・久保里
 湯浅・コンクリ街
 湯浅・旅館あけぼの

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
メイン:masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp  
URL: http://furoyanoentotsu.com(風呂屋の煙突)
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                                   同湯裏の通り。




     同湯裏の通り。正面の建物(同湯の隣)に「洋酒・喫茶」の文字が見える。ここが繁華街だったことが分る。




                                  布袋湯の裏側




                  布袋湯の前の通り。こんな何気ない道でも県道になっている。









         新地のまわりの路地には前衛の飲み屋街とも思えるスナックの跡が点在していた。









                                   湯浅栖原地区




                                         栖原漁港




                          和歌山県の朝日夕陽100選の碑





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