差出人: Masayuki Nakamura <masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp>
送信日時: 2013年10月27日日曜日 21:48
宛先: sento-freak@yahoogroups.jp
件名: 地蔵湯(名古屋市中村区太閤)

ナカムラです。

今日(9/16)は、「地蔵湯(名古屋市中村区太閤)」に行ってきました。 名古屋駅(東海道本線等)から、1.1キロ、12分くらいです。

名古屋2泊目の未明、安宿で寝ている間に台風18号をやり過ごす。早朝にテレビニュースを見てい ると、京都嵐山の渡月橋辺り、桂川が氾濫している。福知山などもひどいことになっている。

朝飯で、昨日に続き駅地下街の「コンパル」に出かける。名古屋駅構内は、新幹線が動いておらず 旅行客で混乱している。

結局、新幹線は富士川の増水で15:00まで運休。 新幹線の富士川橋梁は今月、遠隔操作での打音チェックで、増水による橋脚の強度不足を判定する 仕組みを導入した。これで水位の低下を待たずに列車を通すことが可能になった。この改善がなけ れば、今回の運転再開はもっとずっと遅れただろう。小生たちが予定していた20:00過ぎの新幹線 も果たしてダイヤ通りだったかどうか。。。

そんなこんなで、昼間は数年振りで中村遊廓をまわる。途中、金時湯、東雲湯、寿湯らと再会。ス トリートビューで気になっていた、寂れた駅西商店街(新幹線商店街)の、則武2丁目の古い廃業 銭湯(そう判断した)の実査も出来た。

しかし、相方に促され向かった廓湯がなかなか見つからない。付近の方に確認すると、なんと足場 が組まれ、シートで囲われているではないか。2007年の廃業から長らく沈黙を守っていたけど、既に煙突はなく、コンクリ造の浴舎もほぼ解体が終わっている。脱衣所の解体中に三連休に入ったと いう状況。

停まっている油圧ショベルで、あと半日もあれば”廓湯”が完全なる終焉を迎える。先日の蕨のあづま湯(埼玉県川口市)といい、何かに誘われる感じで、銭湯の解体現場に遭遇している。”銭湯の神様”に導かれたのか…そうかも知れない。

計画では、今日は尾張一宮駅経由で、終点の玉ノ井駅(名鉄尾西線)まで行き、木曽川の畔の玉乃 井湯と桜湯を見て、どちらか惹かれた方に入ろうと思っていた。しかし、台風後の混乱で、一宮駅 に向かう東海道の在来線は超間引き運転。行ったとしても帰りが心許ない。一宮市の銭湯はまたの 機会にして、名古屋駅から徒歩でアクセスできる地蔵湯に目的地を変更する。

同湯は太閤町という名古屋駅の駅裏から数分の所にある。明治時代創業の老舗で、元々は名古屋駅 に隣接してあった笹島駅(貨物専用駅およびヤード)の所にあった。

広大なヤード建設に際して立ち退き、大正14年に現在の地に移った。笹島駅の第1期の開業は昭和 4年。同湯が移転した時代とも大凡符合する。その笹島のヤードも、全国の国鉄の操車場と同様に 鉄道貨物の衰退で、昭和61年に廃止された。愛知万博(2005年)のサテライト会場を経て、現在 は”笹島ライブ”として再開発の途上にある。

油井型の煙突を持つ現在の建物は、移転当時からの建物で大正14年築。エントランス周りは改築さ れているものの、2階の軒の周りなどは古風かつ堂々とした造り。敷地には立派な祠もある。隣家 には、夕方から”串かつ”の赤い暖簾が掛かる。同湯のあるこの辻は、何とも言えない郷愁が漂っている。

同湯に暖簾はない。エントランスに入れば”定員64人”のプレート。尾張瀬戸・日本鉱泉が44人、 西枇杷町・仁川湯39人だった。それからしても、同湯が比較的大きな銭湯ということが分かる。もっとも定員が何を意味しているのか知らないけど。。。

下足箱は、中京銭湯の定番の金属の肉抜き扉。小さなステンレスの板鍵には、昨日と一昨日に続き、番号と裏に下駄の刻印がある。

番台へ通じるアルミサッシの戸を入れば、幅2間半、奥行5間の平格天井の細長い脱衣所。黒光りする大きな番台。同じく鈍く黒く光る洋風の男女境。その中央には、装飾だろう楕円の枠があり、 群青の喩え難い色合いのダイヤ硝子が填められている。

明治時代築だったという笹島時代の銭湯から移されたものという。工芸品と言っても言い過ぎでは ない、豪奢な洋館にあるような調度で、かなり惹かれる。小生が今まで遭遇した男女境で最も印象に残るものだ。

ロッカーは、水色と白の扉のロッカーが市松模様で配置されている。錠には”PATENT”とあるだけでどこのものかは分からなかった。ロッカーの上には10数枚のサイン入りの色紙。半分くらいは中 日ドラゴンズの選手のもの。その他は、ロケだろうか、同湯を訪れたタレントのものというけど、 小生、そっちの方面は全く分からない。。。

その他、TANAKAのアナログ体重計、旧型マッサージ機。商品は入っていなかったけど瓶入りコカ・ コーラの古い自販機などが置かれている。

幅が広い銭湯ではないのに、中央にテーブルが置かれいろんな置物が並んでいる。埃など被ってい なくてきちんと清掃されているんだけど、せっかくの広い空間がもったいない。。。

フラットな緩衝地帯は1間くらいの奥行があって広い。外壁側には古くはない5機の水栓が並ぶタ イル張りの流しがある。床はタイル張りではなく、ゴムのシートというのが少し物足りない感じ。 何故か、浴室入口の上には立体的なミッキーマウスが貼ってある。。。

浴室に入ると、椅子はあるけど湯桶がない。戻って番台の女将さんに聞けば、ロッカーの横のボッ クス式の棚に収められている。奈良や関西では、こういった銭湯に遭遇するけど、京都・寿湯並みに湯桶に辿り着くのが難しい、一見客には高いハードルがある。

浴室は、幅2間半、奥行4間半。天井は、大きく言えばドーム型、玉ネギのような微妙な曲線から なり、外壁側の高窓の周りのも難しい曲面が施されている。中京の古い銭湯はコンクリ造が多い。 この浴舎は、改築されているのかも知れない。

カランは、外壁側に温のみが10、男女境にハンドシャワー付が5。床のタイルは大判のベージュ色 で足触りのいいものが使われている。

浴槽は、長楕円のセンター浴槽と、奧壁に大小の矩形の浴槽が少しずらして配置されている。大き い方がバイブラとジェット。陶製の獅子口が水没しながらもお湯を吐いているのが面白い。小さい浴槽は電気風呂。壁側には、ひょっとこ、おかめ、タヌキが、秋の日和に、柿木を背景に楽しそうに歓談しているという、凝ったディスプレイがあって、心を和ませてくれる。

同湯にサウナはない。しかし、まさに”京都ポジション”と言える入口脇に、硝子ブロックで脱衣 所に食い込む様に水風呂が設置されている。多少、塩素がキツかったかな。。。

ビジュアルは、主浴槽の傍らのディスプレイのほかに、奧壁には煙を吐く蒸気機関車とそれに手を 振る子供たちというパステル調のデザイン画がある。かなり簡素なものだけど、見たことが無いもので気になった。

三連休最終日の月曜日。台風一過、まだ風が強い中、17:00から17:45に訪問。相客は1人のみ。 明治時代の群青色のダイヤ硝子を使った、洋風の男女境が深く印象に残った。夕方になると、四辻の隣家に串かつの暖簾が出る、太閤町のロケーションも良かった。

上がりの一杯は、駅裏の居酒屋で創業40年をうたう「鶴八」。やや割高なごく普通の居酒屋だった けど、勘定に”サービス料”が付いているのに驚く。大衆居酒屋で”サービス料”という文字を見 たのは初めてかな。。。

1時間近い遅れの新幹線も多かったけど、名古屋発20:12の新幹線は新大阪発だったのか僅か5分遅れでやって来て、30分程度の延着で東京駅へ。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
メイン:masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp  
URL: http://furoyanoentotsu.com(風呂屋の煙突)
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            名古屋駅裏の太閤という一帯は、独特の寂寥感を湛えている感じがする。





















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