差出人: Masayuki Nakamura
送信日時: 2015年6月20日土曜日 23:13
宛先: 銭湯ML (sento-freak@freeml.com)
件名: 喜楽湯(延岡市本町)

ナカムラです。

今日(2/17)は、「喜楽湯(延岡市本町)」に行ってきました。延岡駅(日豊本線)から、1.4キロ、18分くらいです。

豊国炭坑の鉱主だった山本貴三郎氏(炭坑事故がもとで破産)の屋敷跡に建つ小倉のホテルニュータガワ。「無法松の碑」や鶴橋に似たディープさを持つ旦過市場のすぐ近く。市場での買い喰いや”神風タクシー”を経験したりしながら、ゆっくりとチェックアウト。無法松の駅弁抱えながらJRを乗り継ぎ、延岡に向かう。

日豊本線は海沿いを走る先入観を持っていたけど、臼杵を過ぎ海を離れたら1時間余り山の中を走り続ける。再び開けた平野に降りてくると程なく延岡駅。旧日本窒素肥料。今は旭化成の企業城下町。

しかし、駅前にフェニックスが並ぶものの人通りは乏しい。唯一のアーケード街だと思うけど、山下新天街やそれに繋がる商店街も既に7割程度が廃業。時折、学生の自転車が通るものの街に人通りがない。日本酒のワンカップを買うために入った旧花街祇園町の酒屋に聞くと、イオンが出来て商店街が”めちゃめちゃ”になったらしい。

隣湯の「丸か湯」の息災を確認して、橋を渡り、五ヶ瀬川と大瀬川に挟まれた”川中地区”に入る。自然が作り出した”堀”に囲まれる要害の地で、延岡城をはじめ、現在の行政機関もここにあるようだ。

そして、商店街から少し入った所に目的地の喜楽湯は有る。延岡には最盛期は27軒の銭湯があったらしい。現在は2軒残るうちの1軒になっている。

昭和24年築創業。空色のペンキ塗りの下見板張りで簡素な切妻のファッサードに「喜」「樂」「湯」と書かれたブリキ板が打付けられている。後方にはパイプ型の煙突があって、盛んに薪を燃す煙と匂いを昇らせている。

前栽も無ければ暖簾も掛かっていない。縁台と、道路に面する木製建具の簡素な硝子扉が男女2枚有るのみ。しかし、いくばくかの植栽は丁寧に手入れがなされ、老いても現役という気概がはっきりと伝わって来る。

中に入れば狭いコンクリのタタキ。物静かで柔和な大将が座る木板張りの番台がある。相方が2人分の風呂銭700円を払う。

脱衣所の広さは、幅3間、奥行半間のたたきを含め奥行は都合2間半。天井は高さ十分の板張り。板の間は使い続けられて幾星霜、黒光りの艶がある。そして、古風な額縁鏡が掛かる男女境の上にはガラスに裏から絵付けした古い広告看板が並ぶ。

電話番号が無局番から1桁の局番付に変わった頃。昭和30年代の前半らしいけど、その頃の看板が多い。全体の3割程度、ご主人はどの店が今も営業を続けているのか把握していた。大衆向きの店ながら、半世紀余り続く老舗ばかりだ。

ロッカーは、珍しいSUPER錠。小生は積んである丸籠をお借りする。ロッカーの上のテレビの小さなアンテナが、一角に増設されたトイレの上にちょこんと付いている。窓の目隠しには地元の船だろうか、大漁旗が使われている。ありそうで、今まで遭遇したことがない光景かも知れない。

その他、Kamoshitaの茶色のアナログ体重計と木製のベンチがあるくらいで、掃き清められた実にシンプルな脱衣所だ。

浴室の広さは、幅3間、奥行4間ほど。板張りの天井は山形の天井を段違いに十字型にクロスさせたとでも表現すればいいのだろうか、見たこともない古風な造りとの印象を受ける。

島カランはなく、男女境側に7機のカランが、外壁側には立って使う鏡のみが3枚並んでいる。床のタイルは溝が彫り込まれた厚手のグレー。聞けば創業以来のオリジナル。なかなか頑丈なものだ。

そして秀逸なのは木製桟と模様ガラスでデザインされた男女境の古風な意匠。さらにその上にガラスに裏から絵付けした古い広告看板がずらりと並ぶ光景に、眼が霞み息を飲む。

浴槽はセンターに円形の主浴槽。奥壁に接して深浅2槽の半円形の副浴槽があるものの現在は使われていない。

唯一の浴槽は遙かなるイニシエ仕様で濾過設備はない。湯の温度や量は、客が自ら熱湯と水それぞれのカランで調節する必要がある。相客はおらず最初はかなり温かった。状況を理解した後、熱湯のカランを全開にしガンガンに注ぎ込んだ。

6メートル位の浅井戸から汲み上げた水は、丹精込めて薪で沸かされている。無濾過ながら寂しいことに客は少ない。湯船のお湯は清澄に輝きそして柔らかい。

ビジュアルはない。木板張りの奥壁に擬人化されたナショナルの電球が描かれた琺瑯看板や、先の男女境の広告看板が代え難いビジュアルと言える。

火曜日の17:45から19:15に滞在。戦後に建てられた銭湯ながら、建物の構造や内部の意匠は明らかに戦後の物ではない。様式は完璧なまでの戦前派と思われる。

施主である先代の意向か棟梁の選択か、いずれにしても映画のセットあるいは博物館クラスの現役銭湯がここにあって、大切にそして清潔に運営されている。同湯がこの姿で営業しているのは奇跡と言うほかない。

濾過設備すら無い前時代的な円形浴槽に一人身を沈めれば、間違い無く己の人生が去来する。走馬燈の如く。嗚呼、実に滋味深い、完璧なる銭湯遺産。郷愁に泣けてくる。

上がりの一杯は、すぐ近くの「江古田」という何処かで聞いたことがある名前の居酒屋に入った。何でも大将が学生時代に住んだ東京の江古田が大層お気に入りだとのこと。

井上康生はじめ、壁にずらりと柔道のオリンピック選手のサイン入りの柔道着が並んでいる。大将は柔道が盛んな延岡で指導者として活動する柔道家らしい。延岡が発祥のチキン南蛮ほか、地酒も料理も美味しかった。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
URL: http://furoyanoentotsu.com(風呂屋の煙突)
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