差出人: Masayuki Nakamura
送信日時: 2014年8月10日日曜日 7:27
宛先: 銭湯ML (sento-freak@freeml.com)
件名: 清川湯(盛岡市開運橋通)

ナカムラです。

今日(7/20)は、「清川湯(盛岡市開運橋通)」に行ってきました。

盛岡駅(東北本線等)から、0.9キロ、10分くらいです。

天気予報では昨日、今日と大雨の予報。実際に各地で大雨警報が出ていたような天候だったけど、昨日は菊の湯の女将さんが”盛岡だけが降っていないらしい”というように辛くも雨を避けることが出来た。

今朝、ホテルを出て、梅の湯に詣で外観を拝み、岩手県公会堂では内部を含めてじっくりと私的に大撮影大会。ランチは、昨日に続いて紺屋町まで、地元の方々の評判が高い冷麺目当てに米内商店に足を延ばした。そして、図らずも湯上がりの一杯の予約をも済ますことが出来た。

さて、清川湯。本町通りという肴町界隈と並ぶ繁華街の開運橋側の入口近く。大通りに面したコンクリ煙突を持つ3階建てのビル銭湯。薪を焚いているので黒い煙を立ち昇らせているものの、アルミサッシの入口には暖簾すらなく、ただただ干涸らびて素っ気ない。お湯を使う銭湯独特の音も車にかき消され、ひと目見ただけでは営業しているのか分らない。

防寒の二重扉。エントランスに入ると、男女境の替わりに松竹錠の下足箱。1段ほどの階段を昇り、さらにアルミサッシの扉を開ければビニールレザー張りの番台がある脱衣所に繋がっている。

料金を少し安くしているようだ。相方が2人分の風呂銭700円を女将に手渡す。繁華街近くで若い娘も来るのか、白紙を貼ったショウケースと液晶テレビとで番台からの視界を神経質なほどに閉ざしている。御歳80歳位かテレビを付け新聞に釘付けで特に愛想は良くなかったけど、話している時折の笑顔は人の良さそうな印象だった。シャイなおばあちゃんなのかも知れない。

聞けば、昭和21、22年頃の創業。現在の建物は昭和47年に建て替えたもの。既に40年余りを経ている。

まだ明かりが点いていない脱衣所は少々暗い。脱衣所の広さは、幅2間半、奥行3間程度。天井高は1間1/3くらい。床は、ビル銭湯としては珍しく、古風で思いのほか立派な板の間が広がっている。

男女境には、”返して下さいね”とのメッセージとともに無料の貸タオル。壁には夏の甲子園の岩手県大会のトーナメント表が張られている。岩手県人は無類の高校野球好きかも知れない。トーナメント表が町の至る所に張られ、赤のマジックインキで得点と勝ち上がりの線が書き加えられている。今はベスト4が決まったところ。盛り上がっている頃合いだ。

ロッカーは、外壁側と入口方の壁に松竹錠アルミ板鍵のもの。アナログ体重計は千葉のオノスケールス&メジャーズ。その他、瓶のコーラが入った派手なコカコーラのロゴの冷蔵庫、扇風機などがある。

浴室の広さは、幅2間半、奥行3間くらい。天井はM字型のプラ板張りで、最高部の外壁側が1間半程度。全体的に天井は低い。

床のタイルは5センチ角位の黄土色のもの。カラン周りは濃紺あるいは黒の長方形のタイルで統一されている。壁はオフホワイトで多少灰を散らしたようなアクセントを施した長方形のものが使われている。

擦りガラスの男女境。これには驚かなかったものの、女湯と行き来する業務用のやはり擦りガラスのドアには驚かされた。擦りガラスにしてはかなり透明度が高い。銭湯で遭遇したなかでは一番かも。陽が斜めに差す時間帯だからというのもあるけど、女湯側の出入りがシルエットというよりはもっとはっきりと見えてしまうのではないだろうか。

浴槽は、奥壁に接した大小の2槽。深さはどちらも同じくらい。しかし、広い主浴槽の内側には段が無く、いきなり深くなっていて面喰らう。主浴槽はバイブラ。サブの方は、女神が抱える壷から勢い良くお湯が投入されている。

この辺りの井戸は鉄分の多い赤い水で風呂には向かないらしい。水道水を薪で沸かしたお湯の温度は42度弱。2つの浴槽ともに激しくお湯が攪拌されているので、お湯の性質はよく分からなかった。まぁ、たくさんの空気に接した薪焚きのお湯。尖った感じは皆無の円やかなお湯だった。

ビジュアルは、奥壁に中判タイル縦4枚×横6枚の絵付けのタイル絵。面取りされた古風な白タイルに縁取りされた中に、白嶺、白樺林を蛇行して流れる川が描かれている。

日曜日の16:00〜16:40に滞在。相客は5人ほど。シンプル。そしてかなり干涸らびた感じの銭湯だ。清潔にしようとしている銭湯だとは感じた。かつてはもっと清潔な銭湯だったんだと思う。しかし、設備とともに、それを維持する経営者も歳を取った。そんなことを感じさせられた銭湯だった。

上がりの一杯は、岩手県公会堂(佐藤功一設計/昭和2年築)の地下に入る西洋料理店「公会堂多賀」。この近代建築は昭和天皇の成婚を記念して、県会議場、大ホール、西洋料理店、皇族等の宿泊所という4つの機能を目的に建てられた。日比谷公会堂よりも古い。公会堂多賀は、戦後の米国の接収を機に2階から地下に移ったものの、竣工以来87年、建物の歴史とともに歩んでいる。開業に際しては、総料理長を世界の王侯貴族や大富豪が利用していたパリのホテルリッツに派遣したという。盛岡一の高級店だった時代もあったんだろうと想像する。

午前中に公会堂に来て、内部を含め写真を撮らせて頂いた。しかし、その時は迂闊にも地下の「公会堂多賀」には気が付かなかった。相方が公会堂のことを写真とともにTwitterで呟くと、親切なフォロワーの方が、地下に洒落たレストランがあると教えてくれた。ならば、お茶でも飲もうと昼過ぎに再びやって来た。喫茶の営業はやっていなかったけど、レトロな西洋料理店の素晴らしさに感激し、風呂上がりの時間を見計らって夕食の予約を入れた。

「武士道」の著作で有名な盛岡出身の教育者・新渡戸稲造も、公会堂多賀の開店は最晩年に当たるものの、帰郷の度に利用したという。偶然の出会いだったけど、建物、雰囲気、料理ともに強烈に印象に残るものだった。入口を入った所に流麗な英語を駆使したという新渡戸稲造の揮毫で「Haste NotRest Not(急ぐな、しかしたたずむな)」という墨書が額装されている。ロビーですれ違った相客は、かなりご高齢の上品な方が多かった。この店にはふさわしい感じがした。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
URL: http://furoyanoentotsu.com(風呂屋の煙突)
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                                    開運橋




                            旧盛岡貯蓄銀行(昭和2年)









 今回の旅行の最大のミッション。「釜定」で南部鉄瓶の購入(発注)。納品は5ヵ月後になる。




                             江戸時代の建物らしい。荒物屋。









酒蔵「菊乃司」のご親戚がやっている向かいの酒屋さん。「コップ酒やっております」というのがいい。
何やら楽しそうだったけど、昼から日本酒を注入すると全てが億劫になるのでワンカップの大人買いだけにした。



                               コップ酒の「平興商店」と着物市




                                わんこ蕎麦の名店らしい




             櫻山神社参道。濠の内側なのに戦後のドサクサ時期に飲み屋が建ち並んだという。




                                       巌手公園




                                     本町




                                      肴町




                            盛岡冷麺の最高峰「米内商店」




                                     開運橋




                                       梅の湯

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