松の湯（墨田区東向島町）

差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2007年6月17日日曜日 13:28
宛先: 銭湯ＭＬ (sento-freak@kt.rim.or.jp)
件名: 松の湯（墨田区東向島町）

ナカムラです。

今日（6/16）は、「松の湯（墨田区東向島町）」に行ってきました。
曳舟駅(東武伊勢崎線)から、０．７キロ、８分くらいです。

水戸街道を渡ると、細い道に「鳩の街商栄会」という商店街がある。この一筋奥の、さらに細い道は、かつて｢鳩の街｣と呼ばれた赤線街だ。あまりに細い道のせいで、不動産としての価値が低いのだろう、当時の建物が今も多く残っている。但し、かつての絢爛とした雰囲気を感じ取るのは難しい。警視庁が指導した、タイル張りの鮮やかな艶に、残り香を想うくらいだ。

吉行淳之介の｢原色の町(昭和26年)｣や｢驟雨(同29年)｣は、｢寺島町一丁目｣電停近くの、この鳩の街を描いたものだ。

それは、極くありふれた露地の入口である。しかし、大通りからそこへ足を踏み入れたとき、人々は、まるで異なった空気につつまれてしまう。
　細い路は枝をはやしたり先が岐れたりしながら続いていて、その両側には、どぎつい色あくどい色が氾濫している。ハート型にまげられたネオン管のなかでは、赤いネオンがふるえている。洋風の家の入口には、ピンク色の布が垂れていて、その前に唇と爪の真赤な女が幾人も佇んでいる。

ここを訪れるのは、４年ぶりだけど、空家が増えている感じがする。また、建て替えもままならない古い建物には、高齢者が住まわれているようだ。こんな路地を歩いていると、よく仏壇から線香の香りが流れてくる･･･。少し、身に詰まされる。

さて、「松の湯」。ここ一ヵ月くらい、「鳩の街」の再訪メインの｢松の湯｣行を考えていたところ、6/12のつかささんのレポートに惹き付けられた･･･。｢あそこに、そんなに凄いタイル絵があるのか･･･。｣

章仙画の海女の「裸婦五人図」とも呼ぶべき、乳房もあらわな海女５人を写実的に描いたタイル絵があるという。たまたま、浅草でのクラス会もあって、浅草から急行する。

木の実ナナが押入れの「二段ベット」で過ごしたアパートはビルに変っている。同湯はその４辻の直ぐ近くにある。向かいは、庶民的な和菓子屋さん。隣は古いお米屋さん。赤線がこの街に移ってきたのは、戦後のドサクサの時期だけど、ひょっとしたら同湯はその前から、通りにあったのかも知れない。８０歳は過ぎているだろう、和菓子屋のおばあさんが、「この銭湯は古いよぉ｣と仰っていた。

奥の独立煙突は、かつて警視庁が定めた標準サイズより短い感じがする。入口部分は新しく改装されているけど、正面は千鳥破風の伝統的木造銭湯だ。入口横と斜め向かいの２箇所にコインランドリーがある。道幅が狭いので、風呂屋、お菓子屋、米屋が一体となった、なんとも言えない空間構成になっている。

２段ほど階段を昇ると小さな靴脱ぎスペース。新しい松竹錠の下足箱。まさか赤線の店を真似たのではないだろうけど、自動ドアが斜めに付けられている。

入ると正面に小さなフロントスペース。脱衣所の真中１／３、手前１／２を仕切りで囲った小さいスペースにフロント、小型テレビ、テーブル＆ベンチ、冷蔵庫、旧型マッサージ機などがある。いろんな広報誌があって、雑然としているけど、居心地は悪くない感じがする。

｢じいさんが建てたものなので、いつの建物かは分からねぇなぁ。｣という、小林亜星似の三代目に４３０円を払う。

脱衣所は、一部フロントスペースに削られているけど、オリジナルは幅２間半、奥行３間。天井はニス塗りの惚れ惚れする折上格天井だ。材だけでなく、メンテナンスもいい。

入口方には、本当に小さいスペースながら、池もあって水が張られている。いい空間だ。

ロッカーは外壁側に松竹シリンダ錠のロッカー、どこかの廃業銭湯から流れてきたＨｏｋｕｔｏｗのアナログ体重計、店用の洗濯機が１台ある。

浴室は、幅２間半、奥行４間ほどの中型。天井はペンキ塗りの２段型。

島カランは１列で、カラン数はセンターから８･５･５･7。カランはＷａｇｕｒｉの取っ手が銀色のもの。

浴槽は、奥に深浅２槽。深槽は何の設備もない素のもの。浅槽は手前に少しせり出していて、２穴ジェット２機というシンプルなもの。双方ともにじっこうの薬湯になっている。湯温は浅槽が４２．５度くらい。深槽が43度くらい。

ビジュアルは、浴槽の立ち上がりに、奥壁から外壁にかけてＬ字型に延びる池に鯉の章仙画のタイル絵(５×２７＋５×１４)。結構、色落ちがあるのと、一部欠落が模様タイルに置き換えられていたりと、痛々しいけど、筆致鮮やかなものだ。

その上、奥壁は早川師のペンキ絵。男･女湯に跨る西伊豆（15.8.6）が拡がっている。岩にぶつかる波飛沫が、いつもながら鮮やかで見事だ。

同湯の浴室は、細長いけど、その男女境にワイドに広がる、章仙画｢裸婦五人図（５×５５）｣。波が来ない岩場の奥に５人の海女が憩っている。群青色の深い静かな海。50年以上昔の、今よりも随分とふくよかだった日本女性が、豊満な乳房を曝け出している。思わず唸るいい作品だ。いたいけな中学生が見たら、唸る前に、股間が大きくなると思う。

何故、出色の裸婦像画のタイル絵がここにあるのだろう。滝田ゆうが｢寺島町奇譚｣で描いたような女性店に風呂はなかっただろうから、泊まりの場合は、客も同湯に入ったと思う。恐らく、そういったこの地域の特殊性が由来するのだろう。タイルの絵付けを量産した章仙(石田庄太郎氏)にとっても、強く心に残る作品だったようだ。

上がりはカルピスウォーター１２０円。土曜日の１８：３０から１９：１０に滞在。相客は１０数人とまずまず。みんな挨拶しあう仲という感じだった。

しばし休憩した後、同湯の傍らの「大鴻雅」という中華屋で、ビール、餃子、ソースやきぞば１４５０円。小生の後にも、風呂上りにビールだけを飲む御仁もいる。少年野球の取りまとめの打ち合わせなども行われている。見たこともない、地元密着の中華屋だった。きっと、木の実ナナも来たことがある店だろう。

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ナカムラ　（Masayuki Nakamura）
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URL: http://www7a.biglobe.ne.jp/~masayuki/ （風呂屋の煙突）
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旧櫻井(裏)。色町としては、この道がメインストリートだった。
吉行が描いたのも、この道の様子だ。

旧櫻井(商店街側)