差出人: Masayuki Nakamura <masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp>
送信日時: 2011年11月19日土曜日 2:01
宛先: sento-freak@yahoogroups.jp
件名: ライン温泉(犬山市大字犬山字南古券)

ナカムラです。

今日(11/5)は、「ライン温泉(犬山市大字犬山字南古券)」に行ってきました。 犬山駅(名古屋鉄道犬山線)から、0.9キロ、10分くらいです。

栄のホテルをチェックアウトして、村野藤吾が設計を手がけた丸栄百貨店と、屋上に文化財指定の 観覧車をのせた旧オリエンタル中村百貨店の建物を引き継ぐ三越を探索。。。

丸栄は、外壁や看板の上に載せられたオブジェなどに”村野”が残っていたけど、内装は、特徴的 な階段の手摺りがあったくらいで、官能的とも思える村野調の細やかなディテールを確認すること ができなかった。一番印象に残ったのは各階のエレベーターの扉に描かれている東郷青児の絵だっ た。この百貨店は、最近オーナーが代わり、百貨店事業から撤退し跡地の再開発が模索されている。。。

三越の観覧車のある屋上の寂れた風景は良かった。1956年製の二代目。現存する観覧車の中では日 本最古らしい。2005年に運転休止、国の登録有形文化財。名古屋で文化を発信してきた歴史あるデ パートなのに、そんな文化財の案内が見あたらなかったことが寂しかった。貧すれば鈍す。

名古屋には"喫茶店文化"が根ざしている。必然的にレトロな喫茶店も数多く残っていて、今日のお 目当ては高岳駅(市営地下鉄桜通線)近くの「ボンボン」という昭和中期の匂いがプンプンのレト ロ洋菓子店とその喫茶部。赤い蝶ネクタイの老齢のマスターが、オープンな厨房からホールの状況 を見張っている。イニシエのスタイルがある。

昭和中期的な小生は、過ぎ去りし日の郷愁を感じる、洋酒たっぷりのサバランをアイスコーヒーで 頂いた。その間隣のボックスでは、茶髪のソバージュという時代遅れのおばさんが、セコい不動産 の儲け話を延々と続けている。ホールのスタッフもかなり緩い感じ。これはこれで居心地は悪くな い。アイスコーヒーは全く駄目だったけど、サバランは見た目も味も満足なものだった。

今日は、先ず江南市の古知野でレトロ商店街を歩きつつ廃業を含め3軒の銭湯(旧広見湯、旧柳湯、 栄温泉)を眺め、その後犬山に移り、大正時代に建てられた建物で未だ営業を続けるライン温泉に 浸かる計画。。。

犬山と言えば国宝の犬山城。近年まで旧藩主だった成瀬家の個人所有だった。その成瀬氏は小生の 実家近くの渋谷区笹塚に住んでいた。煉瓦の門柱が立ち、子供心にもそこだけ隔絶した感じがあっ たのをよく憶えている。雑草が茂った奥に、建物が見えないことも不思議だった。平成に入ってか ら三井不動産のマンションに替わったものの、俳人であり大学の先輩でもあった当主はそこに住み 続けていたようだ。

さて、ライン温泉。日本ラインと呼ばれた木曽川から屋号を得ている。現在の建物は大正13年築。 木造の切妻の建物にパイプ型にしてはやや太めの煙突。表のエントランスと傾いた臭突が突き出た 中京地方特有の外便所は更新あるいは増築だろうか。脱衣所の各窓には3枚のダイヤガラスが使わ れている。そして真ん中の1枚がオレンジ色あるいは緑色の色付き。何ともレトロ感が高い。

裏に回ると、釜焚きを任されてまだ2年という84歳の爺が、煙突から勢いよく黒煙を立ち昇らせた。 向かいには古い洗濯屋があって、やはりご高齢の爺がスチームを当てながら古いアイロンをかけて いる。夕暮れ時ということもあって、付近には古い映画を見ているような光景がある。

そんなことをしながらうろうろしていると、中から女将が出てきた。この建物同様88歳という。彫 りの深い洋風の顔立ちで、とてもそんな歳には見えない。昔は相当の美人だったのではないだろう か。数日前に電話で営業時間を確認している。「お電話をくれた方ですか」と。週休2日。さらに雨 が降る日は臨時休業にすることが多いという。11月5日に寄ると伝えていたから、雨降りだけど、 いつも通りお湯を沸かして待っていてくれたという。

エントランスには男女背中合わせに木製の下足箱。番台へ通じる床はタイル張りになっている。中 央には屋号を記した表札のようなものと、やはり木製の古い近鉄の伊勢・志摩観光の広告板が下が っている。名鉄と近鉄は直接は競合しないんだろうけど、名鉄沿線の銭湯に広告活動をしていたん だと思う。

番台は細かい長方形のタイル張りで前面がカーブしているもの。名古屋の料金は400円だけど犬山 でここ1軒になったということもあって少しばかりおまけしてくれた。

脱衣所の広さは、幅2間半、奥行3間ほど。緩衝地帯へつながる部分がやや広めにタイル張りにな っている。元々は格天井だったという天井は白い新建材に代わり、壁には白系の装飾のクロスが煤 けている。大きな鏡が連なる男女境の基部はタイル張り。多治見などのタイルの産地が近いからだ ろうか、脱衣所においてもタイルの部分が多い。

脱衣所棟と基部がコンクリ造の浴室棟との間に、1間ほどのスペース。外壁側が3つカランがある タイル張りの流しを置く緩衝地帯で、浴室に通じる通路にもなっている。

そして、男女境側には築山と金魚が泳ぐ庭池からなる小さな小さな庭(屋外)がある。この庭のさ さやかな幽玄さに心打たれる。溶岩の築山は苔むし、シダなどの草が密生している。折からの雨と 小さな噴水。この小さな”自然”が艶やかに輝いている。畳一畳半ほどのスペース。夕暮れ時で雨 というタイミングもあるのだろうけど、日本人の琴線に触れるかなり素敵な庭だ。

11月にしては異常とも思える暖かさが続いている。庭を通って入る風が心地よい。ロッカーは外壁 側に扉に一部モールガラスを填めた中京地方の典型的なもの。錠は小振りだけどがっしりとしたも ので板鍵を抜くだけで施錠される。丸い脱衣籠も現役で使われている。脱衣所にはその他、瓶牛乳 などが入った2枚扉の古い冷蔵庫、アナログ体重計などがある。

浴室は、幅3間奥行4間。壁はコンクリ造。天井は木板張りのドーム型で緩い円弧の中央に湯気抜 きがある。

カランは外壁側に4と奥壁側に2。床は白の”胃袋”模様のもの。壁は大判の白タイル。さらに天 井までは1センチ角の小さな白タイルが張られている。いずれも古いものではないけど、木板の天 井以外の全てにタイルが張られている。

浴槽は、男女境に接するかたちで深浅2槽。それと、奥壁に接する電気風呂。そして、小さい庭に 少し突き出る薬湯槽の計4つの浴槽群から成っている。中央の主浴槽は広島の銭湯以外ではほとん ど見かけない内側が3段になっている浴槽とかなり浅い深浅2槽。84歳の爺が薪をくべ井戸水を沸 かしたお湯は42.5度くらい。薬湯槽は41度くらい。

1メートル四方の薬湯槽は、少し庭に突きだして庭に面する2方面に窓がある。窓が壊れて開けら れないのが残念だけど、瑞々しい庭に面していて、窓を開ければちょっとした露天風呂の風情を味 わうことができたはずだ。浴室側だけでなく庭に面した外部にも1センチ角のタイルが張られてい る。外から眺めても独特の景観になっている。

ビジュアルは、奥壁の天井と壁の間のカマボコ形のスペースに”古い水門と森林を蛇行して流れる ドイツのライン川の夕景”といった絵柄のモザイクタイル絵。森は緑、群青、紫色のタイルで構成 されている。ドイツの茜空もどちらかと言えば紫色が支配している。これほどに深く味わいのある 色調のモザイクタイル絵は見たことがない。半世紀くらい前の特注の絵らしい。一見の価値が十分 にあるモザイクタイル絵だ。

土曜日の18:10から19:20に滞在。雨だと臨時休業しようとしていたという割に相客は10人は軽く 超えていた。地元中日ドラゴンズは日本シリーズ出場をかけてヤクルトとの対戦を控えている時。 男湯だけでなく、女湯の方からもドラゴンズに入れ込んでいるおばあちゃん達の声が聞こえる。昔 はどこにでもあった光景なんだろうけど、関東の銭湯ではほとんど接することが無くなった昭和の 風景がここライン温泉には満ちている。

上がりには久しぶりにマミー120円を頂く。お腹も空いたでしょうと菓子缶を開けて”おばあちゃ んのほたぽた焼き”を下さる。何度も繰り返すけど、とても88歳には見えない美人女将。営業日数 は減ったものの、ボランティアだよと言ってお湯を沸かす。。。身も心もほっかほかになる優れた郷 愁銭湯だった。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
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URL: http://www7a.biglobe.ne.jp/~masayuki/ (風呂屋の煙突)
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