下北沢・駅前食品市場の解体が最終局面を迎えていた(世田谷区北沢) 2014.08.16.
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下北沢の阿波踊りは先週だったようだ。恒久的な看板が商店街に並んでいる。
小学校の4年の時、電車に乗って塾に通い始めた。それを契機に玉屋でSEIKOの青い文字盤の自動巻の時計を買ってもらった。そして、その翌年、近視のため眼鏡を作ってもらった。こんな店でも昔は時計職人が3人並んで時計の修理を行っていた。
東北地方のスーパーの嚆矢、仙台の「エンドーチェーン」の東京進出時に建てられた建物。程なくして撤退。エンドーチェーン自体は発展と衰退を経て、現在は仙台における有力な不動産賃貸業者になっているようだ。
小生の母校の指定上履き販売店。
一番街側の解体が行われていた。
大昔は南口と北口を結ぶ地下道があったという。長年気になっていたけど、結局その痕跡を見つけることが出来なかった。
地上にあった下北沢駅の駅舎や線路があった部分。クライミングクレーンが組み立てられ、それなりに高い建物の建設が始まろうとしているようだ。幌の向こうには下北澤駅前食品市場の解体が進んでいる。権利関係の複雑さを反映してか、解体も部分的に限りなく緩慢に進んでいる。