差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2011年6月5日日曜日 22:48
宛先: sento-freak@yahoogroups.jp
件名: 塩井の湯(松本市大手)

ナカムラです。

今日(5/29)は、「塩井の湯(松本市大手)」に行ってきました。 松本駅(篠ノ井線)から、0.7キロ、7分くらいです。

台風による強い雨の中、昭和8年創業の時代遅れの洋食屋・「おきな堂」、松本民藝館、横田旧 遊廓、カツカレーの「たくま」、喫茶店「珈琲美学」、前日に引き続きクラフトフェアまつもと、 喫茶店「まるも珈琲」、西堀の旧赤線、土井尻町の旧遊廓・・・。久しぶりに雨に濡れながらも、 一日中、松本の街をほっつき歩く。

夕方、気温15度。身体が濡れているので寒い。じっくりと銭湯で身体を暖めたくなってきた。 今日の最終目的地、松本城のすぐ南の「塩井の湯」へ向かう。

創業は明治期。かつてはバルコニーがあったという白亜の看板建築は少なくとも昭和初期かあ るいは大正時代末頃の建物らしい。

凝った積み方の煉瓦塀。白亜の看板建築のファッサードには「塩井乃湯」と右書きで屋号が記 されているほか、アールデコ調の不揃いの幾何学模様も配されている。一見してただ者ではな い。。。

松本には裏町や明神町など何カ所か集娼地域があった。塩井の湯の前の細い通りも旧土井尻町 の遊廓で、松本の町が今よりもずっとコンパクトにまとまっていた頃、かなりの賑わいがあっ た。近くに松本の地方文化を支えた井上百貨店の旧本店建物(現物流倉庫)も残る。

この北土井尻の遊廓の同湯には、売春防法施行前までは警察予備隊など遊廓の客はもちろんのこ と、お座敷前に同湯で顔を作って店に戻る娼妓などもいたようだ。同湯の斜め向かいに半分以 上が廃屋化した長屋が残っている。長屋ながら傍らには屋根付きの門が残る。これが遊廓が廃 止されて半世紀以上経った、唯一の遺構だ。

さて、前口上に力が入ったが、そろそろ湯に浸かるか。。。

入口には「塩類鉱泉/塩井の湯」とある。しかし、同湯のお湯は塩辛くはない。ナトリウムやカ リウムといった塩類を多く含む井戸水。それが屋号の由来となっている。

寒冷地ゆえに入口にもガラス扉がある二重構造。1つ目の硝子戸を開ければ、幅1間半、奥行 半間強の靴脱ぎ場。左右には歴史と風格がにじみ出た鶴亀錠の下足箱。

かなり雨に濡れた身体ゆえ、狭いながらも雨の当たらない所に避難できてほっとする。

番台へと2つ目の硝子扉を開ければ前面がカーブした番台。しかし、誰も居ない。地方銭湯で はままあることだけど、相方も風呂銭を払えず困っているようだった。

脱衣所は居心地よさそうに整備された、2間半四方の小さな空間。天井は中央にシーリングメ ダリオンがあるほか、天井材は、ブリキ板に植物と青海波の模様をプレスし塗装を施した、洋 館の雰囲気を演出する材料が使われている。越前大野・改盛湯など、地方の古い銭湯で何度か 遭遇したことがあるけど、かなり珍しいものだ。定番の天井扇も回っている。

壁は昭和中期的な木目プリントの新建材。床も張り替えられている。ただ、ロッカーは古色蒼 然としたオール木製のもので、扉には横に2本の桟が渡されている。かなり古いものだ。アル ミ板鍵のSakura2錠が付けられているけど、少々バランスが悪い。オリジナルはどんな錠が付 いていたのだろう。丸い籐編みの脱衣籠も現役。

ロッカーの上は常連の湯道具置き場。3寸角の蜂ノ巣のような構造の棚で昔の蝿帳のように網 戸がついている。小さな銭湯ながら常連数が多かったことを示している。。。

その他、鉱泉の由来の表示、旧型マッサージ機、東京・守谷製とある文字板が膝の高さのアナ ログ体重計、テーブルと籐の丸椅子がいくつか置かれている。たまに見かける「MORIYA」は「守 谷」だったと初めて知る。

バルコニーが有った2階は、都合1室としても使える6畳2間と床の間付10畳があって、戦前 頃まで休憩室として使われたという。そして、松本出身で渡仏し希代の贋作師となった滝川太 郎の真筆が掛かっている。「贋作師の真筆」というのもおかしいけど、今も各地の美術館に名だ たる西洋画家の贋作が「本物」として並んでいるというから、器量はともかく、技量はパリ仕 込みの凄腕だったのだろう。最後は逗子で亡くなっている。酒に溺れた典型的な破滅型の人生 だったようだ。。。

浴室は、幅2間半、奥行3間。天井はプラ板張りの2段型。高天井がM字型になっているのが 珍しい。男女境は円形鏡の上は圧迫感を緩和させるように一部にモール硝子の硝子ブロックが 填められている。女湯客のシルエットが動くのが見える。

島カランはプレーンなものが1列で、カラン数はセンターから5・4・4・7。床のタイルは厚手 の足触りがいいもの。更新されているのに洗い湯を流す溝がないイニシエ仕様というのが珍し い。全体的にレトロさが残る外観や脱衣所と異なり、内装は新しく清潔だ。

奥壁は濃淡二色の茶色を基調としたデザイン調のタイル使い。シックで品がいい。照明も全て蛍光灯ながら赤味のある電球色が使われ内装とマッチしている。現代の人が銭湯に求める「寛ぎ」というものを分かってくれている。

さて、奥壁に接した深浅2槽。中央に小振りの溶岩を配し、そこに小滝の焚出し口がある。内 外は円形でふっくらとした丸みのあるブルーのタイル張り。これも品がいい。緩く円弧を描く 主浴槽が深槽。湯温は42度くらい。燃料は重油とのことだけど、直ぐにお湯の良さが実感でき る。さらっとした中に、アルカリ性なのか微かな粘りを感じる。優れたお湯だ。男女境側には 1人用の浅槽。こちらは湯温がやや低く42度弱。浴槽に家庭用の湯温計が浮いている。

若い兄ちゃんは500ミリリットルのペットボトルで3本。おじさんは焼酎「大五郎」の2リッ トルのボトルで深槽にあるツルカメのカランからこの「塩類鉱泉」を満たしている。

きっとコーヒーを淹れると旨いんだろう。小生も東京近郊の湧水地を回ったり、かつて山行の 帰りに各地の自然水で水筒を満たし、家でコーヒーを楽しんだ。好みは分かれるものの同じ豆 とは思えないほどに自然水で淹れるとコーヒーは円やかになる。豆の個性を殺すきらいがなく はないけど、うま味は増すと感じている。

上がりは番台に戻った女将さんと話す。話の途中にご自身の生年があったけど驚いた。。。ふっ くらとした美人。遊廓の終末の姿をある程度記憶されている時代の方にはとても見えなかった。 相方も驚いている。これも霊験あらたかな塩井の湯の効果なのかも知れない。

帰りは時間がなくなり松本駅で信州そばをかき込んで、氷結を買ってあずさ号に乗込むが、折 からの大雨でしばらく運転見合わせ。しかし、40分遅れで日付が変わる前に何とか新宿駅に到 着できた。

1泊2日の小旅行にしては収穫の多い松本行だった。。。

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蝿帳のような網戸がある。。。


老いも若きも同湯の鉱泉を汲む
「大五郎」のペットボトル。。。



ブリキをプレスして塗装を施した洋館風の天井





旧西堀町の赤線跡


同左