差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2004年8月7日土曜日 15:02
宛先: 銭湯ML
件名: 大正湯(文京区大塚)

ナカムラです。

今日(7/31)は、「大正湯(文京区大塚)」に行ってきました。
新大塚駅(東京メトロ)から、0.5キロ、5分くらいです。

古い地下鉄は乗り降りが楽でいい。
新大塚駅もホームから短いエスカレータで上がるだけですぐ街に出られる。
出入り口も最近新しくなったのか、相変らず小さいけど綺麗な建物に変っていた。

同湯の面している通りは「坂下通り」というだけあって、駅からは坂を下って行く。
煙突は見えても、直線的には進めない。入り組んだ路地を抜けていく必要がある。

同湯の建物は、黒瓦の切妻屋根の脱衣所棟に、モルタルのエントランス棟が付いた簡素な造り。
脱衣所棟の側壁は、高さ3間くらい、高い。
漆喰の白壁だけど、くすんでいて相当の年季を感じる。

入口の両サイドがコインランドリーになっている。両サイドというのは初めての遭遇かも知れない。
花王の「ゆ」という暖簾をくぐると、福助が三つ指ついてお出迎え。タイル4枚で構成された章仙画。
表情がいいし、バランスが取れたいい福助だ。
下足箱は木製の古い扉におしどり錠の旧型が付いている。

番台は新建材を貼った前面がカーブしているもの。
高く目隠し板も大きい、まぁ東京の真中仕様といったところ。

脱衣所は3間四方。
天井は折上げ格天井(5×11)。建物の外観通りで天井は高い。

天井から3枚羽根の天井扇が下がり、回っている。
しかし、壁も床も木目調ながら新建材。
外観のような年季が感じられないのは残念だ。

ロッカーは中央に島ロッカー24個(「さくら」「SakuraU」)、入口壁側に15個(「TOKYO」)、外壁側に29個(「TOKYO」「さくら」「SakuraU」)。
ロッカー錠から見ると、かなり年季の入った経歴ではある。

男女境の上には、蛍光灯を仕組んだ広告看板。
「新栄湯(池袋)」にもあったけど、ここら辺りの流行りだったのかな。

時代が止まったような広告で、機能しているとは思えない。
さらに、8枚の広告のうち3枚は「敬心社」。
広告が取れなかったのか、自社の広告看板が入っている。

その他、Keihokuのアナログ体重計、旧型のマッサージ機、木製のベンチベンチが2つ、冷蔵庫などがある。

浴室は、幅3間、奥行4間。天井は2段型。
天井のペンキは結構剥離していてボロボロ状態。

島カランは鏡のみで1つ。カラン数はセンターから6・5・5・7。
カランはWaguriの赤・青の取っ手が平らべったいもの。

男女境、浴槽上、外壁は白タイルに青で波模様と水玉が描かれている。
外壁側には更にガラスブロックが積まれている。

浴槽は深浅2槽。浅槽が2穴ジェット3機に赤外線ランプ2つ。
深槽はバイブラバス。
薪で沸かしているのか、柔らかくいい湯だった。
おそらく、井戸水だと思う。

ビジュアルは早川師のペンキ絵。「北陸」とあった。
ペンキの中に「温暖化を止めるアイデアみんなのくふう」というスローガン。初めて見た。
判るけど、せっかくのペンキ絵を台無しにしていて、もったいない気がする。

上がりはコヒー牛乳・・・。
女将は70歳台半ばか、80歳に近いかも知れない。
「プロジェクトX」というテンションの高い番組を付けながら、うつ伏している。
小銭を握って困っている小生に、ご常連は100円だよと。

端々に同湯の歴史を垣間見ることができた。
しかし、レトロな銭湯というには、いろんなものが更新されているかな。
明日(8/1)は「桃の湯」とある。桃の湯とは何だろう・・・。

坂下通りを歩くと古い建物がチラホラ残っている。
大塚は駅前に白木屋デパート(建物は現存)があったりと、池袋よりも栄えていた歴史がある。
この旧坂下町も歴史のある町なのだろう。

あの福助、いつまで見られるのかな。