差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2005年5月5日木曜日 0:44
宛先: 銭湯ML
件名: 龍城温泉(岡崎市田町)

ナカムラです。

今日(4/30)は、「龍城温泉(岡崎市田町)」に行ってきました。
岡崎公園駅(名鉄名古屋線)から、0.7キロ、10分程度です。
「龍城」とは岡崎城の別名らしく、同湯近くの橋も「龍城橋」とういう名前でした。

途中で長屋町という旧遊廓跡を通ります。
いかにも妓楼という2階建ての建物が残っている他、木造平屋の見たことがない不思議な構造の建物が残っていて印象深い街でした。

さて龍城温泉。
大正末か昭和初め頃という建物は板張りで古色蒼然としている。
煙突の基部は煉瓦積み。
入口は、石の門柱があり、生垣でアーチが組まれている。そして、同湯の周りには花が多い。女将の趣味かな。

戸を開けるとコンクリのタタキ。
靴をはいたまま350円を払うのは、名古屋銭湯と同じ。
写真で見ていたので大方のシュミレーションは出来ていたけど、それでも、誰もいない男湯に踏み込むと緊張させられる。

脱衣所の広さは、幅2間半、奥行きはタタキと緩衝スペースを入れて3間くらい。
天井は、モスグリーンの板張り。古い天井扇が下がっている。

ロッカーには、手書きの広告が描かれている。初めての遭遇。
これらの広告のお店はも国道1号線沿いにあった店。道路拡幅でほとんど残っていないということだった。
客が誰もいないので脱衣籠を使う。
女将と二人きり。話しながら裸になるというのも何だか変な感じがした。

その他、今は使われていないボックス式のサウナ、お釜ドライヤー、マジョリカタイルを設えた緩衝スペースの流し等、古風なものが目白押しだった。

浴室は、幅2間半、奥行3間。天井は四角錘の板張りでその真中に湯気抜きがある。
カランは、センターに4でシャワー付き、外壁側に6でシャワーなし。

センターのカラン台は、例によってオーバーハングしているもの。しかし、その下に洗い湯を流す溝がない古風な様式だった。
カランは、東京のを2回りくらい小型にしたもので、丸い取っ手を垂直に押し下げる方式のものだった。

外側のカランが古い。いったい、いつのものなのかな。
取っ手を含めてオール金属製。
先日、名古屋の新元湯では古くて壊れていたものが、現役で湯を出している。

浴槽は、センターに深浅2槽。
深槽が42度くらいで、浅槽が41度くらい。
井戸水なのか、一見して分かるくらいの褐色の色をした湯だった。
さらに、奥壁のセンター寄りに薬湯と電気風呂。
電気風呂は苦手なので入らなかったけど、電気が通っていない感じだった。

21:00から22:00滞在。ずっと小生一人だけだった。女湯にも客がいないようだった。
女将が昭和34年に同湯を引き継いだ時には岡崎には30軒の銭湯があった。今は6軒。
横須賀のみどり湯の話をしたら驚いてたけど、同湯も厳しい経営を強いられていると感じた。




正面の志貴小児科医院もレトロだった


女将が花好きなのかそここに花がある


女将。21:00から閉店の22:00まで二人きりだった。
三河の気性なのか、チャキチャキした感じの方だった。


下足箱


拡幅前の1号線沿いのお店の手書き広告
もう、これらのお店は存在していないらしい。





牛乳類がないのが寂しい感じがした。




中央浴槽。右側のカランがオール金属製の古風なもの。
奥の時計は壊れていた。


定員48名は保健所のお達しらしい。
「今はそんなにお客さんいないからね」


洗い場の正面と側面にマジョリカタイルが張られている。






志貴小児科医院の門。同湯のお向かいさん。