差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2005年2月17日木曜日 0:17
宛先: 銭湯ML
件名: 帝国湯(荒川区東日暮里)

ナカムラです。

今日(2/11)は、「帝国湯(荒川区東日暮里)」に行ってきました。
三河島駅(JR常磐線)から、0.5キロ、5分程度です。

上野の東京国立博物館で「唐招提寺展」を見学。
鑑真和尚像の柔和な顔、東山魁夷の「山雲涛声」の襖絵は素晴らしかった。
岐阜県の天生峠は、昔は冬季通行止めで、越えられなかった思い出がある。
「山雲」は天生峠を描いたものだった。

しかし・・・、人が多過ぎる。
小生、人が多い所は苦手になってきた。
苦しくなって、30分くらいで会場を出てしまった。

博物館から鶯谷駅へ出て、日暮里駅経由で三河島駅へ。
鶯谷駅裏のホテル街では、真昼間なのに外国人女性が「ワカイコ、ワカイコ」と声をかけてくる。
失礼ながら、ご自身が「商品」ではないようだ。
ポン引きというお仕事、外国からの出稼ぎ女性が担うようになったのか・・・、と驚く。

三河島。
好きな画家・長谷川利行が浮浪者として行き倒れた地。
そういえば、さっきの東山魁夷が生涯で初めて買った絵が、長谷川利行だったらしい。
そんな、どうでもいい符合を考えながら、街を歩く。
何度か降りたことがあるけど、韓国料理店が多く、街を歩く女子高生が、韓国語で会話してたりする。

まず、「雲翠泉(荒川区東日暮里)」と「藤の湯(荒川区荒川)」をチェック。
雲翠泉は、恐らく戦前の「峯雲(大竹画工所)」の、タイル絵が残されている貴重な湯。
脱衣所棟の漆喰の壁が白く塗り直されてされている。以前ほどの異様さは薄れてしまった。
煙突がどうも先端が折れている。
藤の湯は、フロント式に改装された、外観には特徴のない銭湯。

さて、帝国湯。
大正5年にこの場所で創業し、現在の建物は昭和27年築の4代目。
入口棟は黒瓦を載せた破風様式。大型で立派なオリジナル暖簾が下がっている。
レトロ&ゴージャスな雰囲気がある。

下足箱の錠は旧型の「さくら」。
番台は、彫刻等はないものの、木組みのしかりとしたもの。
上の高い位置に、何か乗せる立派な台があるけど、今は何も載っていない。

脱衣所の広さは、幅3間、奥行間半。一部、L字型の張り出し部がある。
天井は、立派な折り上げ格天井。
折り上げ部分に、寺社の屋根を支えるような細工が施されている、見たことがない凝った造りになっている。
大黒柱には、屋号を記した、かな〜り立派な黒い柱時計が現役で時刻を告げている。

窓の桟も少しデザインの入ったもの。
女湯を含め、高窓に目隠しがないのも珍しい。でも、近くの建物の屋上が見える。大丈夫なのかな。
庭へのガラス戸も、摺りガラスで紋様が描かれているという、洒落たガラスが入った古い木戸が昔のまま残されている。
庭も石灯籠、滝、小さな噴水がある立派なもの。

島ロッカーが縦置きに1つ。珍しい「ASKURA」の旧型の板鍵。
上には、サービスの飴が入った皿が、さり気なく置かれている。
その他、TANAKAのアナログ体重計、冷蔵庫、新型のマッサージ機がある。

浴室は、幅3間、奥行4間半。
天井は2段型で、普通より高い感じがする。
柱、梁、窓枠が白木のもの。そして、外壁側の窓の外にも庭があるのが珍しい。
しかも、見える塀は煉瓦積み。同湯の歴史を表している。

タイル類に古いものはない。
島カランは鏡すらないプレーンなものが1列で、カラン数は、センターから6・4・4・5と広さの割りに少なめになっている。

浴槽は、3槽。
実母散湯と深浅各1。白湯槽は、岩風呂のような所から湯が落とされている。
湯も柔らかでいい。
毎年水質検査をしていて、飲用可能な井戸水を用いている。

ビジュアルは、高く大きな奥壁に、センターに富士山が描かれたペンキ絵。ヘリコプターなんかも描かれている。
現役3師のペンキ絵とはタッチが違う。だいぶくすみもある。

その下には、奥壁から外壁側へとL字型に伸びるタイル絵。
章仙画のレトロな鯉の図。秋の紅葉の下を泳ぐ鯉というのは珍しいと思う。

男女境の照明器もレトロな枠に模様ガラスを嵌めたレトロなもの。

実にオーソドックスな銭湯。
しかし、すべてが高い水準で洗練されている。




現在の建物が建てられた時の「入浴者心得」