差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2011年2月17日木曜日 23:33
宛先: sento-freak@yahoogroups.jp
件名: 梅ヶ枝湯(高砂市高砂町次郎助町)

ナカムラです。

今日(2/12)は、「梅ヶ枝湯(高砂市高砂町次郎助町)」に行ってきました。 高砂駅(山陽電鉄)から、0.5キロ、5分くらいです。

鳥取は昼近くから大雪になった。歩道が白くなり雪が積もり始める。雪が舞う衆楽園遊廓跡を 撮影し、たくみ割烹店でランチを頂いた後、智頭急行の特急・スーパーはくと号で姫路に向か う。新型の車両のようで、ディーゼルエンジン駆動の車両ながら「南紀」や「ひだ」などと比 べかなり音と振動が少なかった。

中国山脈を越えるまではかなりの雪が積もっている。しかし、陰陽を繋ぐトンネルで山陽側の 佐用に抜けると、積雪はなく明るく晴れている。さほどの時間ではないものの驚くほど対照的 な天候だ。

姫路に着けば、駅は播但線と新姫線ホームが高架になり、構内や駅ビルなどが再開発の端緒に 付いたという状態。かの姫路城も平成の大修理中。いろんな所で工事が行われている。

駅前の山陽百貨店の2階から発着する山陽電鉄で高砂駅に向かう。埋立てられた臨海部は、三 菱重工や三菱製紙などの工場地帯。しかし、かつて濠で囲まれていた駅近くの旧市街を中心と して、かなりディープな「昭和」が残っている。あの謡曲「高砂」で有名な高砂神社もこの旧 市街にある。そのため商店街のアーチにも「ブライダルタウン高砂」などという文字が踊る。

昭和レトロで満ちている玉島と同様、この街の美しさは廃れゆくものの儚い美しさなのかも知 れない。一軒だけ残る旧高砂遊廓の大楼だけでなく、アーケード街、大衆食堂、消防署の建物、 趣ある老舗和菓子屋などそれぞれに古い。そして、そんなに遠くない時代に消失してしまう感 じがする。

この高砂には3軒の銭湯が残っている。そのうち2軒は濠で囲まれた旧市街に位置する。今日 向かうのは、高砂遊廓(次郎助町)に接し、濠端に位置していた煉瓦煙突の「梅ヶ枝湯」だ。 やはり濠中の「高砂湯」と、少し離れた「末広湯」には、「本日休業」の札が掛かっていた。

さて、梅ヶ枝湯。表は干からびたモルタルのファッサードながら、濠に面していた裏が凄い。 釜場周りは煉瓦積み。煙突ももちろん煉瓦。それ以外は下見板張りで、増築を繰り返し、一部 は3階建てになっている。正面もそうだけど、建物全体が微妙に歪み傾いているのが傍目にも 分かる。

路地を隔てて薪を保管するモルタルの古い三階建ての建物も気になる。やはり小さな煙突があ って黒煙を出している。昔、三助などの使用人が起居した建物だろうと想像しているがどうな んだろうか。

引き継いだ建物なので、同湯では詳しい建築年はわからないらしい。しかし、少なくとも70年 以上は経過しているとの見たてだった。そして、昔は前庭があったが、道路の拡幅で削られて しまった。現在の安易でチープ、おまけに傾いているテントではなく、ひょっとしたら立派な ポーチがあったのかも知れない。

今は歩道もない道路脇に暖簾が下がる。開ければ半間四方のコンクリのたたき。いきなりこの 銭湯の白眉、見事な番台周りの造作が視界に入る。

番台下と反対側に横差しの「SUPER」錠の下足箱。アルミよりもずっしりと重い板鍵。手に掛か るように手前に少し折られている。

そしてこの半間四方と番台を囲むように、古い建具による硝子戸がある。古めかしいデザイン の桟に戦前の”ゆらゆら硝子”。一点の曇りもなく磨き込まれている。

脱衣所の広さは幅2間半、奥行3間ほど。天井は2階があるので高くはないが、”波打った”平 格天井になっている。さらに、番台横に1間四方のやはり平格天井の次の間のようなスペース があってマッサージチェアが置かれている。

この銭湯の特徴は、男湯は脱衣所と浴室が前後をずらした横並び、女湯が横長の脱衣所と浴室 が縦並びになっていることだろう。釜場も外に出さずに、男女の浴室後方に横長に置いている ようだ。ビル銭湯ではこういった構造は時折見かける。しかし、戦前築の木造銭湯では見たこ ともない複雑な構造といっていい。後方に濠があったので、知恵と工夫を凝らした結果が、ビ ル時代の配置を先取りしたのかも知れない。
惚れ惚れする古い板の間。ロッカーは外壁側と奥壁におしどり錠の24個のオール木製ロッカー が2つある。1つは扉に1から24の漢数字が書かれている。もう一つも同じように1から24の 漢数字が書かれたものだが、番号が重複しているので算用数字を記した木板が張り付けられて いる。

そして、浴室側には提灯を点した立派な神棚、高くはない天井に手で触れることのできる天井 扇、アナログ体重計は朝日衡機製の寺岡式のゴツい感じのもの。趣ある木製ベンチの前には灰 皿代わりの火鉢がある。この脱衣所は女湯には接していないので男女境はない。普通は男女境 に横置にされるのだろう鏡が、浴室の入口の脇に縦に据え付けられ、上部は天井に届かんばか りになっている。傍らに古い木製の台。かつてどんな電話機が乗っていたのだろうか。。。

掲示物もかなり趣が濃い。同湯は月毎に定休日が異なるようで、硝子の額に2月の定休日が整 然と記されている。同じく額装の「入浴者心得」は半世紀近く前の昭和39年9月のもの。局番 が1桁の「風月荘」という麻雀店の古い広告看板のコピーが奮っている。「麻雀と人生は無限の 変化と可能性」らしい。他にも博物館収蔵レベルのものがいくつもある。落涙ものの脱衣所だ。

浴室は、幅2間、奥行3間。脱衣所の隣ではあるけど、1間半ほど後方にずらした変則的な位置 にある。天井は四角錘型で中央に正方形の湯気抜き。さらにその左右に湯気抜きか採光窓なの か、同じくらいの孔が2つある。壁はイニシエの10センチ角の白タイル。上部には黒で◆を連 続させたマジョリカタイルが使われている。床は淡いピンクと水色、紺色の小タイルを組み合 わせたもの。昭和中期の中普請とすれば華やかなタイル使いと言っていい。

浴槽は、男女境に1間四方の主浴槽が1つと、釜場への小さな扉がある奥壁と脱衣所側とのコ ーナーに浅い副浴槽。主浴槽は、三方に淡いピンクと白タイルの市松模様の踏み込みがある。

やや深めの浴槽に、古い水栓から水がどんどん投じられていて、結果42度くらいになっている。 薪で沸かしている何とも心地いいお湯だ。水栓と並んでいる焚出し口が変わっている。円筒型 のエアフィルターのような形状をしている樹脂製で、スリットの間からお湯が噴出する構造に なっている。古豪銭湯ながら客もそこそこ。循環設備は整っているようだ。

カランは奥壁の反対側(壁の外は番台および細長い女湯脱衣所の一部)に5機と脱衣所方壁に 3機。計8機のカランがある。しかし、椅子は木製といわゆる緑イスが1個ずつしかない。しか も、メイン5機のカランは、桶を載せる台の部分が高さ40センチくらいもあって、座って使う には高過ぎる。さらに、石鹸の泡を流すための湯勾配がきつく、椅子を置いて座ると後方にの けぞって倒れそうになる。

この浴室の主役。独立した水飲み場がある。昔、白磁のものがデパートや映画館ににあったよ うな気がするが、ローソク型というのか、チューリップ型というのか、そんな形で、全体に淡 いピンクとブルーの豆タイルが張られている。胴の部分に「飲料水」とタイルで記されている。 この狭い浴室のなかで独特の存在感を発揮。ここで水を飲めば、あまりの郷愁にむせび泣くこ と請け合いという逸品だ。

ビジュアルは男女境にモザイクタイル絵。絵柄は煙突がある建物を中心に置いた風景。このあ たりの製紙工場でも描いているようだ。

飲料の販売などはない。番台の女将さんは気品漂う上品な方だった。脱衣所に誰も居ないのを 確認し、この郷愁空間の撮影を懇願する。しかし、「御免なぁぁ」と本当に穏やかな優しい声で 断わられた。実は入った時に、大女将なのか別の方にも断られている。同湯はWikipediaにも 掲載されている希有な銭湯だ。小生と同じことを願い出る輩が多いのかも知れない。

土曜日の18:00から19:00に滞在。最初は子供連れの客などもいたけど、後の方は閑散とした 感じ。相客は10人くらいだった。

相方は、銭湯巡りでは小生よりも先達で、しかも姿勢はストイック。そんな相方と、入浴後に AからEまでの5段階に、プラス、フラット、マイナスの3区分を加えた都合15段階で印象を 評価し合い、入浴後の「反省会」で考察を深めている。

そんな相方は店の外に出るなり興奮した面持ちだった。聞く前から「A+だよね・・・」と話し かけて来る。ストイックな彼女からそんな高いレーティングを聞いたことはない。もちろん小 生もその評価に異論はない。

モルタルの干からびた外装の中に極めて質の高い”郷愁空間”が秘められている。今年の銭湯 巡りで同湯を超える郷愁銭湯に出会えるだろうか。過去、同湯を超える郷愁銭湯に出会ってい るだろうか。そんなことを自問自答する。

前栽などを失った完成形からはほど遠い現状にあって、レトロ銭湯としてのレベルは極めて高 い。

《前回訪問:2008.12.17.》

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
メイン:masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp  
URL: http://www7a.biglobe.ne.jp/~masayuki/ (風呂屋の煙突)
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梅ヶ枝湯と同じ次郎助町の高砂遊廓の遺構(元庭側から)


旧遊廓の通り


梅ヶ枝湯と同じ次郎助町の高砂遊廓の遺構(表側から)