差出人: Masayuki Nakamura
送信日時: 2015年6月20日土曜日 23:17
宛先: 銭湯ML (sento-freak@freeml.com)
件名: 柳湯(坂出市京町)

ナカムラです。

今日(2/20)は、「柳湯(坂出市京町)」に行ってきました。坂出駅(予讃線)から、0.4キロ、5分くらいです。

朝、ホテルから見えた旧松山藩主が建てたという萬翠荘を訪れたり、L字型に連なる四国随一というアーケード街を散策。路地の「ことり」でアルミ鍋に入った鍋焼きうどんを頂き、昼過ぎに路面電車の伊予電でJR松山駅に向かった。

長崎、熊本、広島や豊橋。富山、高岡もそうだったけど、床が木製の古い路面電車が独特の音を奏でながら走っている。路面電車が走る街は格調があり文化的な感じがする。

JR松山駅からは特急いしづち号で坂出駅に向かう。非電化の予讃線を疾駆するディーゼルエンジンで走る特急だ。

上野駅で蒸気機関車に遭遇した朧気な記憶がある。しかし、小学校に上がった時、蒸気機関車の時代は完全に終わっていた。しかし、まだ奥羽本線は未電化の区間が多く両親の田舎山形に帰る時はキハ82やキハ181というディーゼルエンジンで走る特急に乗った。

炎を恐がりながらの”鉄砲風呂”に浸かりながら祖父が駅員をしていた漆山駅(今は無人)の夕暮れの光景は忘れ難い。蒸気機関車と旧型客車のほの暗い室内灯。祖母が”ガスカ”と呼んでいた気動車との交換。客車列車はドアを開けたまま走るという、今からすれば信じられない日本が未開の時代だった。

匂いは記憶を呼び覚ます。松山駅でエンジンの起動とともに全車両の屋根から微かに黒い排気ガスが噴出する。言い知れぬ郷愁を感じた。でも、出来れば”アンパンマン列車”じゃない方が良かったかな。

さて、久し振りの坂出。今日は沖湛保(おきたんぼ)遊廓跡や鉄砲町の赤線跡は行かず、「かまど」でお茶してから坂出駅から港まで通じるアーケード街を歩く。四国で2番目に長いという、全天蓋の道幅があるかなり立派な商店街。呉服屋や時計店などの買い回り品と呼ばれる日用品以外の店が多い。もっとも異様に廃業率が高く不気味な感じがする。

瀬戸内大橋が出来て、瀬戸内のフェリーは半減した。坂出にも、坂児フェリーという岡山県の児島とを結ぶフェリーがあった。その頃は坂出港と駅を結ぶこの商店街を歩く客は多かったんだろう。駅前には古くからイオン(旧サティ)が進出。さらにフェリーが廃止になってアーケード街は現在の惨状になったと想像される。

港近くのアーケードの切れ目から「敷島温泉」という廃業銭湯が見えた。近づくと看板などはそのままだけど、営業を止めて久しい感じだった。

さて、町並みの余りの惨状さに多少暗澹たる気持ちになりながら、身も心も温まるため柳湯に向かう。

駅前のイオンと道を隔てて直ぐ隣。巨大なイオンの威圧を跳ね返すように、コンクリ煙突から盛大に白煙を吐き出している。

門柱に架かるアーチはステンレスパイプに更新されてはいるものの、温かい電球色の灯りが点る。瀬戸内の銭湯で時折出会う、風情漂う光景だ。

脱衣所の建物は昭和中期頃に建て直されているけど、それよりも幅の狭い浴室部分は100年近くなるという。

門を入ると特にエントランスといった構築部分はなく、2つの入口があってそれぞれに2房の大きな暖簾が下がる。

扉を開けると北国の銭湯のように半間幅の緩衝エリア。もう1つ扉を開けると大きめの番台と広いコンクリのたたき、反対側にはSSROCK錠の下足箱がある。相方が女将に尋ね2人分の料金740円を手渡した。延岡・喜樂湯の料金もやすかったけど、四国に渡ってからの料金もかなり安い。

脱衣所の広さは、幅3間、奥行はたたきの部分を合わせ4間半ほど。浴室は幅2間なので、改築された脱衣所は男湯だけで1間程、広く造られている。外側には広くはないものの庭があり、池が設えられている。

ロッカーは、入口方の壁と外壁側に。男女境などは昭和中期的な褐色縦縞の化粧板が張られている。大きな鏡は木枠で、上部にメダリオンのような装飾が施されている。

その他、旧型マッサージ機、デジタル式体重計、どこかのアパートから外してきたような流し台が置かれている。

浴室の広さは、幅2間、奥行3間ほど。天井は木板張りの白ペンキが塗られた横置きのカマボコ型で中央には湯気抜きがある。床のタイルはグレーの厚手。奥壁を含め、壁は中判の白色のタイルを基調としている。男女境にのみ一部ベージュの模様が入ったタイルが使われている。

島カランは無く、カラン数は外壁側に9機のみ。そして、シャワーは等間隔ではなく、全部で6機の設置にとどまる。

浴槽は男女境に接する中央に42度の薪で沸かした白湯の深浅2槽。深槽にのみ3点ジェットが設置されている。さらに、外壁と奥壁とに接するコーナーに透明なブルーの薬湯が注がれている。ビジュアルはない。

坂出は造船所や化学工場が並ぶ工場地帯だと思うけど、そういう人たちが同湯を訪れるとも思えない。田舎の銭湯にしては香ばしい臭いを発するルンルン系や、黒人、一人で終始ニヤけている者など、混んではいないんだけど多士済々。ちょっと落ち着かなかったかな。

上がりはテレビを観ながら”らくれん”の瓶牛乳100円をゆっくりと頂く。

金曜日の18:35から19:25に滞在。相客は都合5人くらい。イオンの大きなショッピングセンターの隣にある昔ながらの、しかし客の雰囲気は都会的な非干渉さを感じさせられる銭湯だった。

上がりの一杯は高松・瓦町のライオン街などの繁華な通りを歩いて「とりうお」という焼き鳥メインの居酒屋へ。高松にはいくつかの地酒があるようだ。「綾菊」というすっきりとした中にコクがある酒が気に入った。

7泊8日の冬のツアーの最後の夜。久し振りにほぼ毎日、宿を移しながらの銭湯旅だった。行きたい銭湯繰りの関係で連泊が少なく、そのため少々過酷だったかな。

”いろんな銭湯に入りたい”でも”街歩きを含めその土地そのものをじっくりと楽しみたい”。しかし、あまりに銭湯の消失ペースが速く、”焦らず、たゆまず、じっくりと”という基本的な考えからのブレを感じてしまうことがある。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
URL: http://furoyanoentotsu.com(風呂屋の煙突)
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