masayuki-nakamura
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2024/04/06 16:48

ナカムラです。

今日(3/30)は「稲荷湯(北区滝野川)」に行ってきました。

西巣鴨駅(都営地下鉄三田線)から0.6キロ、7分くらいです。

西巣鴨駅を降りて旧中山道北側の戦災非焼失地域を散歩する。目にするのは隣湯の滝野川浴場のコンクリートの煙突。マンション下駄ばきの薪焚きの銭湯で、浴室内に金魚が泳ぐリアルな池が設えられているかなり特徴的な銭湯だ。ビル銭湯だけど古い銭湯のように落ち着く好きな銭湯だ。

同湯の周りは道が複雑に交差している。これは、同湯の所で直角に流れを変えていた千川上水跡が道になっているため。上水道は自然河川と違って、自然流下の流れを作るため流れを変えざるを得ないことがある。

さすがに道路に面した家々の多くは改築されてしまっているけど、道路に面していない再建築不可と思える路地の奥には今も戦前の家が残っている。住宅が密集していることもあって商店街が充実していた。今は商店も疎らで商店街の体をなしていないものの、往時の賑わいを想像することは可能だ。

旧中山道滝野川は人参や牛蒡で有名だった滝野川を支えた種問屋が集積していた所で、界隈は「種街道」と呼ばれ古くから栄えていた。同湯の古い住所は三軒家というもので三軒の種屋があったことに由来する地名だ。同湯の開業は1913年(大正2年/当時は草津湯)、関東大震災後に都心からの移住者が増ることによる人口増加により1930年(昭和5年)に、現在の建物に改築されている。

滝野川界隈は戦災を免れている。同湯の周りには戦災非焼失地域が広範囲に広がっている。築100年に近い伝統的木造銭湯をそのままに営業を続けている。隣接する従業員用住宅だった長屋とともに2019年に登録有形文化財に指定された。都内の銭湯としては燕湯(御徒町)とともに2例目となる貴重なものだ。ファッサードは破風が三重に重なる稀有の構造。滝野川の棟梁のもと地元の職人が多く参加して造られた。

同湯近くは今では想像できないけど、ビル化した種苗会社だけでなく「弁天座」「滝野川東映(万歳館)」などがある繁華街だった。明治通りと旧中山道が交差する掘割交差点には三菱銀行の滝野川支店の様式近代建築の支店建物(川崎第百銀行→霞ヶ関信用組合→三菱銀行)が威容を誇っていた。建物が気になる小生も微かに記憶に残っている。

さて、稲荷湯へ。樹脂扉の下足箱にスニーカーを入れて番台へ通じる扉を開けけると五代目女将の土本氏が番台に上がっていらした。520円を置く。開店から30分くらいした15:30。今日は気温が25度もある。庭池のある縁側の戸も開かれている。縁側のある池には鯉や金魚が泳いでいる。築山の奥にポンプがあるので地下水を補充しながら循環させているようだ。狭いながらも”自然”を感じることができる。

界隈の銭湯は水がいい。同湯のお湯も地下137メートルという深井戸から汲み上げられた自然水で、深浅&薬湯の3槽により、高温、中温、低温と3つのバリュエーションで提供されている。あまりに気持ちがいいのか低温(白濁の薬湯)は相客が入れ替わらず入ることができなかった。中温槽(檜の香り湯)は気持ちいいい適温、高温槽はちょっと入っただけで肌が赤くなるような温度だった。

2段型天井の内部のペンキ塗りにくすみはなく清々しい。奥壁は端っこがアールになっているのが珍しい。そして、中島さんの雄大な富士さんのペンキ絵が拡がっている。テルマエロマエの時はそうだったと思うけど改装前の浴室の写真が飾ってあった。ペンキ絵は早川さんのもので、男女境の高さを足したり、島カランや床のタイルを張り替え、サッシのガラスのデザインも今とは違ったものだった。改装前は温度のバリュエーションも基本高めの深浅とも実質1つだったと思う。

30分ほど滞在して、女将さんの勧めもあって隣の銭湯長屋に行く。今日は「せんとうまち/昼スナック」とある。伊勢角屋麦酒のペールエールなどのクラフトビールが提供されていたので、記憶にないくらいに久し振りに湯上りのビール。湯上りなので50円引きにしてくれた。そういえば、伊勢角屋麦酒、新橋駅の煉瓦高架橋の下に洒落た感じの店として入っていることを思い出した。

帰りは旧中山道を都心方向にてくてくと、滝野川産ではないけどコモディイイダでご当地の名産だった人参なぞを買いながら、徒歩で帰宅した。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
URL: http://furoyanoentotsu.com(風呂屋の煙突)
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                          破風が三重になっている
















    稲荷湯の向かい。道に面していない奥にも家が並んでいる




     銭湯長屋は、昔移築されてきた番頭が住んだ長屋
     展示と昼スナックが営業していた
     伊勢角屋麦酒



          三軒家の種屋、榎本家の流れを汲む東京種苗株式会社のの建物
          明治時代に建てられたもの




  街道沿いはビル化されているが、奥に古い母屋が残っている
  榎本の表札と解体標識があった








                 亀の子束子




         街道から同湯への入口 古い建物が残っている




                    上の写真の建物の向かいの建物

































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