目次 西小倉・泉湯 2016.02.29. |
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旧小倉県庁舎 現、BLUE BLUE KOKURA |
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廃藩置県に先立つ明治4年4月、「西海道鎮台」が小倉に設置された後、同年11月から、福岡県に合併される明治9年4月までの4年半の間小倉県庁があった。範囲は、現在の門司・小倉から京築、中津市、宇佐市くらいまでといわれており、旧豊津県・千束県・中津県・明治2年以来日田県が直轄していた企救郡を統合してできた。明治4年11月14日、企救郡第一大区小倉六区室町(現在のこの地)に県庁が、千束と四日市に支庁が置かれ、同年12月には、伊東武重(旧肥後藩士)が、惨事に、堀尾重興(旧南部藩士)が、副惨事に任命された。明治9年4月18日に福岡県に合併された後、裁判所、警察署等を経て、現在に到る。(小倉北区役所) |
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北九州工業地帯の空。小倉の風景といえば、真っ先にこの風景が浮かんで来る。 |
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廃業していた理髪店。 |
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錦龍 2016.12.28.に50年の歴史を閉じた。 |
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小倉駅は現在の小倉駅よりも、川を渡った西側、西小倉に近い位置にあった。 表通りにあった古い建物がだいぶ減ってしまっていた。 |