差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2011年1月22日土曜日 0:48
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件名: さかえ湯(府中市八幡町)

ナカムラです。

今日(1/15)は、「さかえ湯(府中市八幡町)」に行ってきました。 府中競馬正門前駅(京王線)から、0.4キロ、4分くらいです。

北浦和の埼玉県立近代美術館で、没後10年の大規模な回顧展、「植田正治写真展/写真とボク」 を観る。ドキュメンタリーとは対極する「植田調」と呼ばれる不思議でモダンな写真は、写真 界で独自の地位を保ち続けた。さほど影響を受けることはなかったけど、この写真展に足を運 ばされるように、いつも気になる写真家ではあった。そして、まずまず見応えがあった。

南浦和駅経由、武蔵野線で府中本町駅を目指す。この路線を乗るのは初めて。途中から地下に 入り、駅間も長い。府中本町駅に着くと、かなり立派で明るく清潔、高架で雨風が当たらない 歩道が競馬場まで続いている。通路の終わりがいきなり第4コーナー。非開催日の曇り空の下、 豪壮な馬見所の建物と大きな馬場が広がる。印象的に残る風景だった。

競馬場建物の内部を横切り、パドックの横を通って正門からから外に出る。いつも通れるルー トではないだろうけど、かなりショートカットで向かうことが出来た。

町名のもとと思われる大国魂神社の八幡様の裏手から参道に入る。すると昭和30年に敷設され た府中競馬正門駅までの京王線の枝線の踏切があり、屋号を記したコンクリ煙突が見えた。神 社の参道を後から分断したためか、踏切脇には京王帝都電鉄が昭和35年に建立したかなり立派 な鳥居と石碑がある。

さて、さかえ湯。昭和29年築創業の伝統的木造銭湯。多摩地域の珠玉にして郷愁銭湯の至宝。 カンカンと鳴る踏切脇という趣きあるロケーション。塀、立木などの露払いを従えるむくり破 風と千鳥破風から成るファッサード。暖簾の脇には「設備老朽化のため・・・」23日の営業を もって店を仕舞うとの告知。嗚呼、軒に灯る白熱灯の下で、時の変転と世の無常を感じずには いられない。

暖簾をくぐれば、正面に傘を差し入れる式の傘入れ。左右にはカナリヤ錠の下足箱。脱衣所へ の扉は、今は珍しくなったスプリングで復元する押し手部分が真鍮の板というドアが、昔の姿 のまま使われている。

あまりの郷愁で、涙腺が緩くなった状態でドアを押し入る。小生の表現力では到底処理しきれ ない圧倒的なデータ量の郷愁が満ちている。

浴室から白熱灯の暖かい光が視界に入る。トイレからも今時めったにお目にかからない5燭(ワ ット)の仄暗い灯りが見える。脱衣所は、3間四方の折上格天井。天板は雨漏りか長年の湯気 のせいか、干からびた上にべこべこに波打っている。

番台の大将に相方が風呂銭を払い、小生はスタンプ帳を差し出した。すると、大将は「インタ ーネットで見て来たのか」と問う。困るんだよなぁと言いながらも満更でもない柔和な顔つき。 相方は気に入った銭湯にしかスタンプを貰わないストイックな性格だけど、珍しくも入浴前に スタンプ帳を差し出している。

昭和29年に先代が創業し、10年経って大将に代わった。昭和30年、敷地の一部に京王の競馬 場線が通ったこと。付近が停電した日に客があふれ返った話などを楽しげに話される。

高窓の桟は上部に◇形をあしらったイニシエ感が強いもの。庭に向に向かってL字形に並ぶ硝 子戸など全ての建具はニス塗りの半世紀を経たオリジナルだ。

ロッカーは島ロッカーが1つと外壁側にTOKYO錠のもの。アナログ体重計は石川衡機、メダカ などが入った大きな水槽。冷蔵庫は2枚扉の古い明治牛乳のもの。既に仕入れを止めているの か缶ビールだけしか残っていない。

浴室に足を踏み入れると三たび強い郷愁でむせびそうになる。

幅3間、奥行4間強の空間。木板張り白ペンキ塗りの壁と天井。天井は2段型ではなく、高さ3 間強の最高部はフラットになっている。町田・龍の湯(廃業)などで見たことはあるが珍しい ものだ。壁には直径25センチくらいの乳白色球形の電笠に白熱灯という古い照明器具が2つ付 いている。何という暖かい空間なんだろうか。。。

島カランは、1列で、カラン数はセンターから5・5・5・6。昭和48年に、駆体には鉄骨を入れ る補強を、タイル類は張り替える中普請を行っている。床のタイルは淡いグリーンの小さな長 方形のもの。男女境には10センチ角の白タイルが、腰高までは□に、それより上は◇に張られ ている。あまりにシンプルだからか、最上部には緑色のラーメン丼模様のマジョリカタイルが アクセントとして使われている。

浴槽は7点座ジェット×2にバイブラ。それが境なく設置され、事実上、大きな1つの浴槽とし て使われている。廃業を控え、本来の薪焚きから重油に変わっているが、直ぐにいいお湯だと 実感できる。

地下53メートルから汲み上げた良水。深さは異なるものの近くには旧石橋湛山別邸に1本、東 京競馬場に3本、サントリー武蔵野ビール工場に3本の井戸があるという。深さが違うので水 脈、ひいては水質は異なるのだろうけど、サラブレッドやサントリービールの仕込み水と同じ 類の天然水の風呂に浸かっているというのは愉快だ。

ビジュアルは奥壁に丸山さんの富士山のペンキ絵。「西伊豆」は読めたもののひび割れたペンキ がささくれ立って日付は読みとれなかった。古いペンキだからか「マルヤマ画」と最近の絵と は異なるサインがある。

かなり寒い日だったけど身体を保温する力のあるお湯だった。地元のご常連もそれを良く知っ ているらしく、夏場よりも冬の方が客が多い。

土曜日の17:00から18:00に滞在。相客はご同好の士を含め7、8人。閉店翌日に謝恩会が予定 されているのか、ご常連とそんな話が楽しそうに交わされていた。

身体はもちろんぽかぽか。それよりも何よりも、心が温まる優れた銭湯だった。銭湯ファンの 中にも同様の想いを持つ方が多いようだ。まさに、多摩地域の珠玉にして郷愁銭湯の至宝。

上がりの一杯は、瀟洒なマンションの1階に入る「桜湯」を通過して、京王線の府中駅前の宮 町の飲み屋小路にある「磯吉」へ。大きな店ではないが客の出入りは多い。

混んでいるので、カウンターの端、レジが開けば頭にぶつかりそうな席でレモンサワー、にご り酒で、するめ烏賊の刺身、煮込み、串焼きなんかを頂く。安いし何れも美味しい。

客が帰る時、小生の頭の横のレジはどう使われるのかと思っていたら。お姉さんは、外から窓 を開けて、飛び出てくるだろう引き出しを手で押さえながら、外からキーを打っていた。寒か ったが、いい店だった。

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ナカムラ (Masayuki Nakamura)
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埼玉県立近代美術館





北浦和駅前


東京競馬場


府中駅前


旧府中町のホーロープレート





磯吉