差出人: Masayuki Nakamura [masa-nakamura@mpd.biglobe.ne.jp]
送信日時: 2004年10月17日日曜日 18:40
宛先: 銭湯ML
件名:

ナカムラです。

今日(10/16)は、従妹の結婚式で品川の開東閣へ。
レトロ指向の小生、鹿鳴館、ニコライ堂の設計者であるジョサイア・コンドルが設計した、この洋館には興味があった。
旧岩崎家邸宅。今は三菱グループの迎賓館で、スリーダイヤの精神的連帯を示す象徴の建物。

でも、なにせ非公開。
しかし、今日は従妹が、三菱商事に勤務する新郎と華燭の典。
お呼ばれして、仔細に眺めることができた。

池之端の旧岩崎邸が木造で内装も当時のままなのに対し、ここは外壁は煉瓦造石貼。
戦災で内部は焼失したので、内装は特段見るべきものはなかったけど、やはり稀有な素晴らしい洋館だった。
もう、二度とお目にかかることはできないだろうな・・・。

葬式の後にも、故人を偲びながら、その土地の銭湯に行った。
とういうことで、結婚式の後にも銭湯・・・。
品川付近の銭湯にでも行くかと、青物横丁駅(京浜急行)の旧東海道に面する「金泉湯(品川区南品川)」へ。
シャワーすらないシンプル極まりない浴室と熱い湯が気になっていた。

しかし、遅かった。
同湯は、新しいフェンスと新しいアスファルトのコインパーキングになっていた。
残念・・・。

次は、日の出湯(立会川駅)に行くか、東京浴場(平和島駅)に行くか、各駅停車に乗りながら思案・・・。
結局、子安駅まで進み、「浦島温泉(横浜市神奈川区)」へ。

この駅で降りるのは1年振り。丁度、1年前に廃業した「人参湯」は駐車場になっていた。
何故かこの駅、小さなスナック系の店が多く、ロシア系なのかな、ワゴン車で外国人コンパニオンが派遣されたりしている。
どんな位地付けの街なのかな・・・。

浦島温泉は、子安駅(京浜急行)から0.5キロ、5分ほどです。
JRの踏切の前にあります。
毎日、電車で通っているので、この踏切の風景は記憶にあるけど、後ろの煙突には気が付かなかった。
コンクリの煙突。横浜の銭湯では少数派。

建物は伝統銭湯。脱衣所棟は切り妻屋根の黒瓦に千鳥破風を載せている。
入口棟も恐らく千鳥破風の黒瓦だったんだろうけど、今はタイル張りの四角いもの。
入口上に「コミカ風呂/浦島温泉」と紫色の看板がかかっている。これがコミカ風呂的な入口なのか。

下足箱は年季の入った松竹。
自動ドアを通ると、脱衣所から完全に独立したフロント。
入口に大きな信楽焼のタヌキが立っている。

スペースは広いんだけど、白い壁紙、タイルカーペットも古くなってきているし、別段足りないものはない感じなんだけど、かなり殺風景な感じがする。
女湯への入口のみ紺地で白抜きの「女」の暖簾がかかる。小さく「コミカ風呂」・・・。

脱衣所は幅3間、奥行3間弱。同湯は脱衣所の上に2階を増築しているので、クロスを張った天井は高くない。
壁もやはり白いクロス張り。汚れも目立ってきた。
特に広いというわけではないから、物が少ないということなんだろうけど、やはり少し殺風景というのが第一印象。

ロッカーは浴室側壁と入口側壁にメーカー不詳の埋め込み式ではないブロック状のロータリー錠。
隅に脱衣籠も5つほど積まれている。

その他、「ASANO」のやや大きめのアナログ体重計、デジタル体重計やマッサージ機。
アナログ体重計は、表示板が膝のところにあるやつで、120キロまで計れるもの。
「ASANO」というブランドも初めてだし、120キロ計は珍しいかな。

浴室は、幅3間、奥行3間弱。
天井は2段型だけど、脱衣所側も一部低い天井になって、補強の支柱が男女境に下りている。
天井は全体にプラ板が張ってあって、趣きに乏しい・・・。

島カランは2列で、カラン数はセンターから7・4・4・4・4・4。
島カランのみシャワーが付いている。
それに、センターと外壁側に立ちシャワーが各1。

浴槽は、深浅2槽。温度はどちらも43度弱くらい。
深槽は電気風呂になっていて、湯船から40センチくらいの高さの奥壁に焚き出し口があって滝のように湯が注がれている。
横に「イシイ/コミカ風呂」と刻んだタイル。初めて見るもの。
浅槽はバイブラ。外壁側が手前に張り出し、少し広くなっている。

ビジュアルは、奥壁に凹凸のあるタイルで組まれた抽象的なデザインになっている。
真中に大きな茶色の円形のテラコッタ、っと思って触ってみたら、木製でペンキを塗ったものだった。

土曜日の19:45から20:30滞在。
相客は10人程度とそこそこ入ってくる。
休日は銭湯って感じではなく、生活のために使っている感じが、伝わってくる。

タクシーの運転手同士の会話なのかな。
今日は上がったのか。
4時に上がったよ。並んでりゃなんとかなるけど、多すぎて並ぶこともできない・・・。

元気の無い会話だったな。
企業決算は好調だけど、個人的には、景気がいい感じがしない・・・。

上がりにビールを探したけど、無かった。
そう、ビールや発泡酒を置いている銭湯結構多い気がするけど、あまり、飲んでいる人を見かけない。
小生は、少数派のなのかなぁ・・・。

日本シリーズ第1戦はなにやら判定でモメていて中断している模様。


(出所)横浜市浴場組合のHPより。
神奈川区浦島町(うらしまちょう) [昭和51年1月18日設置]

町名の由来
 昭和51年の土地区画整理事業の施行に伴い、神奈川通、子安通の一部から新設された町です。町名は浦島伝説にちなむ「浦島」を採りました。中央を第一京浜(国道15号)が通り、北西側を京急本線が通っています。
(出所)「横浜の町名」(横浜市市民局)より

神奈川県では、横浜市神奈川区に、浦島太郎の後日譚を物語るものが、いくつか伝えられています。
  明治初年に焼失した観福寺(観福寿寺ともいう)は、帰国山(または護国山)浦島院と号し、別名浦島寺とも呼ばれ、浦島太郎が乙姫さまから授かったと伝えられる、観音菩薩像を安置した庵が起源とされていた。
  観福寺焼失後、菩薩像は本寺にあたる慶運寺(神奈川区神奈川本町)に移されたとのことです。
  浦島中学校近くの蓮法寺(神奈川区七島町)には、太郎父子の供養塔がありますが、 これも観福寺から移されたものと伝えられている。
  慶運寺のすぐ近くにある成仏寺(神奈川区神奈川本町)の庭先には、「竜宮恋しや」と涙を流したといわれる涙石があります。 この石は、波の形に似ているので、浪石とも呼ばれ、潮の干満を知らせたといわれています。
  このほか、太郎が足を洗ったという足洗川、足洗井戸(鶴見区子安中浜)もあり、この井戸の水で産湯をつかわせると、その子は一生病気にかからないといわれていました。 また地名にも、浦島町、浦島丘、亀住町などがあります。

(出所)「かながわのむかしばなし50選」より。