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中野・香藤湯
 2016.01.30.




中野駅から馬糧商だった関口兵蔵氏が拓いた堀之内の妙法寺に通じる堀之内新道(明治29年開通)沿い。大正12年創業の第六香藤湯。近くには桃園川(暗 渠)が流れ、東高円寺方面に進むとニコニコ商店街がある。現在の建物は昭和40年代に建てられたもの。簡素な木造銭湯ながら清潔で奥壁には昨年末に描き替 えられた中島さんのセンター富士のペンキ絵(2015.11.13.)がある。以前の絵は中島さんの故郷、濃い緑色が印象に残る「福島・相馬 (2013.01)」だった。土地柄か午前1時まで営業している。

向かいに和風下見板張りの、かなり古い美容院あるいは理髪店とも思える建物があったものの、丁度解体中だった。

《前回訪問:2013.10.19.》











東高円寺方向から歩いて来ると、旧桃園川の稲荷橋の袂に灯りが印象的な鈴木青果店がある。




昭和初期の改修で桃園川は直線になった。大正5-10年の地図を見ると川は蛇行してもっと北側(同湯側)を流れていた。
第六香藤湯が創業した大正12年当時、同湯は川の傍らとは言えないまでももっと川に近い銭湯だったようだ。










大久保通りに架かる宮園橋。欄干が御茶ノ水の聖橋に似ている。






同湯向かいの美容院か理髪店の建物。
趣きある廃店舗だったものの丁度解体中で、前の店舗部分の解体されたところだった。




旧桃園川の公園




ニコニコ商店街が尽き、大久保通りとの交差点角にある「お好み村」。






ねぎ焼。地元で支持される繁盛店だった。味はちょっと上品過ぎる、淡泊な味だったかな。


(参考)noriver_nolife 第五章・桃園川complete