銭湯巡礼行                                                                   TOPページ

目次 : 都道府県別
目次 : No.1~796
目次 : No.797~1120

目次 : No.1121~1210

   訪問日 最寄駅  線区  屋号  コメント 
再訪  2024.04.20.  御徒町  山手線等  燕湯  御徒町、登録有形文化財の燕湯は良い銭湯だけど、外国人観光客は女将さんに厳しく叱責され、日本人客もご常連に怒られていた。マナーに厳しく今日は緊張感があった。朝湯は熱い評判だけど、夜はお湯が温めだ。でも、都心でこんなレトロ銭湯で寛ぐことができるのは奇跡だと思う。湯上りは、大衆鮨か町中華で悩んだけど、結局、同湯裏の昭和11年創業の「徳仙」のカウンターで一服。母と顎鬚が白くなった息子がやっている天ぷら屋。親子とは思えない緊張感が支配するなか、丁寧な仕事振りだった。途中、相客の若者4人組がが入ってきて煩くなるなと思っていると、忙しい女将さんに優しく、とても行儀がいいことに心が温くなった。普通酒のお銚子1本頼んだだけで3点の立派なお通しが付いていてびっくりした。浅草徳仙の暖簾分け。江戸前の天丼も良かった。ハゼの身だけでなく、骨の天ぷらが乗っていた。週末のいい「旅」だった。
再訪 2024.04.14.  白山  都営地下鉄三田線  白山浴場   
再訪 2024.04.13.  不動前  東急目黒線  松の湯  東急目黒線不動前駅からアプローチする西五反田の松の湯。東京で毎年ペンキ絵を描き変える数少ない銭湯。未だに湯桶は手入れに手間が掛かる木桶のみ。清掃を含め精緻な完成度を誇る銭湯だ。しかし、経営者とともに少しだけ歳を取ったかな。付近は坂の町。同湯も坂の途中に建っている。
再訪 2024.03.30.  西巣鴨  都営地下鉄三田線  稲荷湯   旧中山道の滝野川は、人参や牛蒡で有名だった滝野川を支えた種問屋が集積していた所で、界隈は「種街道」と呼ばれ古くから栄えていた。同湯の古い住所は三軒家というもので三軒の種屋があったことに由来する地名だ。同湯の開業は1913年(大正2年/当時は草津湯)、関東大震災後に都心からの移住者が増ることによる人口増加で1930年(昭和5年)に、現在の建物に改築されている。御徒町の燕湯とともに東京の銭湯で登録有形文化財に指定されている。
再訪 2024.03.16.  新御徒町  都営地下鉄大江戸線  三筋湯   油井型の煙突、W千鳥破風のファッサード、番台裏のタイル絵、錦鯉が泳ぐ庭池、富士山のペンキ絵、浴槽に流れ落ちる湯滝と、全てが典型的な、伝統的木造銭湯。少々カルキを感じるけど絶妙な温度のお湯はとても気持ちがいい。
再訪 2024.03.11.  下神明  東急大井町線  大盛湯  大井町の商店街にある昭和25年築の伝統的木造銭湯。脱衣所の前庭と浴室側の庭池(水なし)との呼応が素晴らしい。是非、明るいうちに訪れてほしい銭湯だ。薪で沸かしたお湯は柔らかく、温度も寛げる良い温度だった。店内はニス塗りで何処もピカピカ。シッカロールをキープしただろう棚も丁寧に維持されピカピカだった。
再訪 2024.03.03. 駒込 山手線他  松の湯  駒込駅と田端駅の中間くらいにある田端銀座という寂れきって住宅地に変ろうとしている商店街にある”昭和レトロなビル銭湯”と標榜する銭湯。入っているビルの名は「繁栄ビル」。会社名は「繁栄産業㈲」。おそらく繁栄の絶頂期(1972年築)にビルに改築されている。すでに半世紀を経過していぶし銀の銭湯になってきた。だいぶ前からだけど、レトロ銭湯だけでなく味のあるビル銭湯も気になるようになってきた。
再訪  2024.02.22.  三河島  常磐線  雲翠泉 同湯のある細い通りは辛くも戦災から逃れていて今でも戦前建物が残っている。同湯南側の斜向かいの一角は旧同潤会が昭和13年に開発した木造2階建ての日暮里共同住宅で、オリジナルの建物が比較的固まって残っている。
同湯は昭和11年の航空写真に写っているので、現在の建物はそれ以前に建てられている。銭湯の内外観や浴室の雰囲気、タイル絵やペンキ絵など、トータルでのレトロさは東京屈指と言っていいと思っている。
再訪 2024.01.28.  茗荷谷  東京メトロ丸ノ内線  大黒湯 昭和4年の浴場名鑑には「大塚湯」という屋号で掲載されている銭湯が同湯だと推測している。高台の交差点は都電が交叉していて現在よりもずっと栄えていた。小石川消防署の望楼が聳え、住友銀行の大塚支店などもあった。そして同湯の一角は戦災に遭っていない。いまでも同湯の裏には戦前の建物が残っている。高台の井戸の出はどうなっているのかいつも気になるけど、同湯のお湯はいつも円やか。夢殿ような正八角形の湯気抜きからの明かりをながめながらお湯につかるのはいい。
再訪 2020.01.04.  新大塚  東京メトロ丸ノ内線  君の湯 旧大塚坂下町。護国寺から旧巣鴨監獄正門につながる坂下通りに面する昭和36年築の伝統的木造銭湯。同湯後方には水窪川(暗渠)が流れ、後方の崖の上には加納治五郎の邸宅と講道館開運坂道場があって、1907年ー1933年まで日本の柔道界の中心地だった。同湯は東京では珍しい組合非加盟の銭湯で470円。他の銭湯よりも50円安くサービスを提供している。裏に講道館があった時代にここに銭湯があったかは航空写真(昭和11年)からは判読できなかった。しかし、昭和4年の「六大都市府県下浴場名鑑」によれば旧大塚坂下町(大塚5、6丁目)に4軒の銭湯があったことがわかる。そして、文京区(旧本郷区+旧小石川区)全体では124軒の銭湯があった。この数は、戦後、銭湯数がピークだった昭和40年台前半(文京区46軒〔昭和43年〕)の数よりもずっと多い。銭湯数という意味では、戦前と戦後に大きな断絶があるろうだ。主要因は何なんだろう。 
再訪 2023.12.16.  武蔵関  西武新宿線  たつの湯 所沢道に面した堂々としたレトロ系銭湯。「(銭)湯は裏切らない」とよく色紙にしたためた立川談志師匠が通った銭湯。シンプルな熱い湯は心身の疲れを癒してくれる。脱衣所でミカンを格安で売っていた。付近には野菜の直売所も多い長閑な銭湯だ。
再訪 2023.12.03.  飯田橋 総武線等  熱海湯 都心の観光地&繁華街で今も薪でお湯を沸かす奇跡のレトロ銭湯。コロナ禍で銭湯を控えていたけど、秋に罹患し十分に回復したこともあって3年9月振りに銭湯に入った。これだけ久し振りになると少し緊張する。料金もその間に50円も値上がりしていた。いろいろと世の中は変っていたけど、熱海湯は何ひとつ変っていなかった。 
銭湯外観 2023.08.02. 旗の台 東急池上線 中延記念湯 insta 中延記念湯。洗足から品川宿へ向かう江戸時代にはあった古道にある。大塚記念湯とも関係があるようだ。大塚記念湯(本家?)は大正から昭和の改元を記念してとある。同湯としては支店として本店の屋号を引き継いだということだろうか。夏休みの1日目。今日は本当に暑い。熱でカメラのリミッターが作動して自動で電源がOFFになってしまうので、写真を撮るのに少々難儀した。
銭湯外観 2023.08.02. 旗の台 東急池上線  新生湯 insta 旗の台の新生湯。早川さんのペンキ絵が残る貴重な銭湯だ。戦前派銭湯だった新井湯の支店として昭和26年に創業している。新井湯は有限会社新井湯として、同湯や界隈での老人介護事業、飲食店などを広く展開している。同湯のオーナーは今も新井さんだ。 
銭湯外観 2023.07.08. 江戸川橋 東京メトロ有楽町線  竹の湯 twitter  
銭湯外観 2023.04.23. 南浦和  京浜東北線等  冨美の湯  さいたま市南区太田窪の冨美の湯。二十三夜という歴史ある所。だいぶ廃業してしまったけど、県南にはこういったコンクリートのビルではない銭湯がある。薪で沸かしている軟水風呂。敷地には大きな納屋。同湯の左右には小売市場跡があった。
銭湯外観  2023.04.01. 目白  山手線  福の湯 目白の福の湯。昭和4年の名簿に載っている古豪銭湯。そのせいか、いずれの道路にも面していない奥まった路地の奥にある。これほど奥まった立地の銭湯は極めて稀だと思う。戦災に遭っているので戦後のものだろうが、むくり破風の古風な建物が改装され使われている。 
廃業銭湯 2023.03.24. 駒込 山手線等  殿上湯 昨年10月に廃業した滝野川の殿上湯。閉店から特に何の動きもないようで、コインランドリーは営業していた。
休業銭湯  2023.03.22. 下板橋  東武東上線  三鈴湯 東武線下板橋駅が最寄りの池袋本町通り商店街。三鈴湯(休業)の建物にはコインランドリーの他に洋菓子店も入っていた。向かいにはコンビニがあったけど戸建て住宅に変わっている。商店街の風景って、店が住宅に変わると全く違って見える。 
銭湯外観 2023.03.22. 下板橋 東武東上線 小松湯 池袋からは遠い池袋本町の小松湯。戦前からの銭湯。タイル張りのファッサードは普通の銭湯の2倍の間口。都内では最大たと思う。空き店舗も含むけど左右2軒づつが店舗になっている。かつての賑わいを想像する。今日は定休日で本当にひっそりとしていた。
銭湯外観  2023.03.22. 池袋  山手線等  平和湯 平和通りの2階にサウナなども入る平和ビルの地下の銭湯。飲食店も入る大きなビルだけど、空室も目立つ。
銭湯外観 2023.03.22. 浅草橋 総武線等  鶴の湯 insta  浅草橋から鳥越界隈は戦災に遭っていない非焼失地域。関東大震災後ではあるが戦前の古い建物が、資産価値の高さと長屋ゆえの権利関係の複雑さからか案外と残っている。同湯も戦前の建物と見ている。
銭湯外観  2023.03.22.  浅草橋  総武線等  帝国湯 insta  戦前からの古豪。古いマンションの1階。熱い湯で有名な銭湯。8階か9階のさらに上に四角の煙突が聳えたつ。 鶴の湯とさほど離れていない。風呂無しの古い長屋も残る地域だけど、まだ鶴の湯と帝国湯を選ぶことができる。
銭湯外観 2023.02.19. 飛鳥山  荒川線  えびす湯 insta 

王子のえびす湯。飛鳥山の斜面に建てられている。下から見上げると聳え立つように見える。これほどの斜面に建つ銭湯は珍しいのではないか。 

銭湯外観 2023.01.07. 蕨  京浜東北線  亀の湯 insta 

蕨の亀の湯。唐破風のエントランス部分が他の銭湯より長く印象的。だいぶ前に入った時の印象だけど、中はシンプルな銭湯だった。

銭湯外観 2023.01.07  蕨  京浜東北線  朝日湯 insta  旧中山道と駅を結ぶ商店街にある。味わい深い街並みがあったけど、だいぶ消失していた。定休日の朝日湯。入口扉脇に色ガラスを用いた装飾など、内外に凝った造作がある。
           
銭湯外観 2022.12.31. 白山  都営三田線  白山浴場 insta  
銭湯外観 2022.12.24. 飯田橋  総武線等  熱海湯 twitter  神楽坂の斜面に建つ伝統的木造銭湯。新宿区にこんな貴重な銭湯がまだ残っている。
銭湯外観 2022.12.10. 三河島  常磐本線  雲翠泉 insta  同湯のエリアは戦災に遭っていない。同湯やすぐ傍らの旧同潤会が開発した日暮里共同住宅には今も戦前の長屋が残っている。 
銭湯外観 2022.12.10.  三河島 常磐本線 帝国湯 insta  長らくの休業が続いている。しかし、2023/4の時点ではTwitterのアカウントが開設されていて、新しい番頭が加わったのか再開されるようだ。 
銭湯跡 2022.11.26. 牛込柳町  都営大江戸線  第二弁天湯 twitter 偶然に通りかかると、駐車場の入口に「第二弁天湯」と書かれたコインランドリーがあった。同湯には2009年2月に訪れている。三叉路にある銭湯として記憶が蘇ってきた。 
銭湯外観 202211.26. 早稲田 都電荒川線 弦巻湯 insta 前に自販機があるだけ。シャッターが閉まっているので「弦巻湯」と屋号のみを記した看板以外に銭湯を思わせるものはない。営業日や営業時間などの掲示も一切ない。このような銭湯は珍しいのではないか。 
廃業銭湯 202211.26. 早稲田 都電荒川線 亀の湯 insta バス停を降りると銭湯の煙突をを載せた建物が目に入った。前まで行くとやはり間違いない。「亀の湯」という銭湯だった。今はこの地域の特徴である印刷関係の企業が入っていた。 
銭湯外観 202211.05. 庚申塚  都電荒川線  巣鴨湯 insta 旧中山道の巣鴨地蔵通り商店街が尽きて庚申塚商栄会になる辺り。ごく最近、大幅にリニューアルされて最新鋭の銭湯になった。店の外に営業スタッフが案内係として出ているくらいに客が押し寄せている。 
銭湯外観 2022.10.15. 新御徒町  都営大江戸線  三筋湯 twitter 相方に誘わ三筋のうつわ屋さんdeps. shop & galleryへ。三筋湯の斜向かいだった。まだ開店まで時間がある昼頃だったけど、薪を燃すような匂いがしていた。そのようには見えないけど、同湯は薪も使っているのか。山崎パンがやっている5店舗しかないスーパーヤマザキが近くにある。スーパーを眺めて、神田川本店でランチ、近江屋洋菓子店ておやつを買って、御茶ノ水経由で水道橋まで歩く。コロナ以降、2年半振りの外食。そして、まぁまぁ歩いたかな。
廃業銭湯 2022.10.09. 三ノ輪 東京メトロ日比谷線等 日の出湯 twitter  
銭湯跡 2022.10.09. 三ノ輪 東京メトロ日比谷線等  廿世紀浴場 twitter  
銭湯跡  2022.09.23.  十条  埼京線  松の湯 twitter 篠原演芸上に近かった銭湯。マンションに変っているけどコインランドリー「元松の湯」が営業を続けている。 
銭湯外観  2022.09.23.  十条  埼京線  十條湯 twitter 定休日が月・金と週2日になっていた。金曜日だったので路地裏の銭湯のまわりはひっそりとしていた。 
銭湯跡  2022.09.23.  板橋本町  都営地下鉄三田線  千代の湯 twitter 環七の姥が橋立体に傍らにあった銭湯。マンションに変っている。 
銭湯跡  2022.09.23.  板橋本町  都営地下鉄三田線  朝日湯 twitter 環七に背を向けて建っていた、おそらく環七が通る前からの銭湯。倉庫のような建物に変っている。 
廃業銭湯  2022.09.23.  板橋本町  都営地下鉄三田線  竹の湯 twitter 訪れると解体中だった。ペンキ絵を眺めることができた。
銭湯跡  2022.09.23.  板橋本町 都営地下鉄三田線  水神湯 twitter 板橋区の名前の由来になった石神井川の板橋の傍らにあった銭湯。老人ホームに変っている。 
銭湯外観 2022.09.23.  板橋本町  都営地下鉄三田線  梅の湯 twitter 旧中山道から少し入った住宅地にある。花道の周りには飲食店のが集まっていたけど、植村直巳夫妻が訪れたラーメン屋は店が変っていた。
銭湯跡 2022.09.23.  板橋区役所前 都営地下鉄三田線  花の湯 twitter 旧中山道に面した板橋の遊廓エリアにある銭湯だった。10建くらいの細長いマンションに変っていた。
銭湯外観  2022.08.27.  椎名町  西武池袋線  妙法湯  insta 改装された外観は洗練されている。何より、紫色の暖簾が美しかった。
銭湯跡 2022.08.27.  椎名町  西武池袋線  広の湯 twitter 大和田通りと呼ばれる椎名町駅と東長崎駅との間の寂しくなってしまった商店街にあった。付近は戦災に遭っていない。まだ戦前築と見られるお宅も残っている。トキワ荘漫画ミュージアムの帰りに記憶を辿って寄ると、マンションに変っていた。 
銭湯外観 2022.08.20. 飯田橋 総武線等  熱海湯 twitter 花街の見番至近にある伝統的木造銭湯。石畳の坂道の奥という谷あいにある。マンションの隣にあって、未だに薪で湯を沸かしている、高いコンクリ煙突が残っているのも奇跡的だ。
廃業銭湯 2022.08.11. 小村井  東武亀戸線  あづま湯  insta 京島の旧あづま湯は廃業して久しいけどそのままだった。昭和4年に寺島町の吾嬬湯として名簿に載っている。
昭和4年に旧吾嬬町と旧寺島町は町域を交換している。この通りが同じ頃開通しているので、それが関係しているのかも知れない。いずれにしても歴史ある地名を冠した古豪銭湯だった。しかし、でかい銭湯だなぁ。
銭湯外観 2022.08.09. 新御徒町  都営大江戸線  三筋湯  insta 夏休み。新御徒町駅で降りて、台東町の戦災非焼失地帯の脇道を重点に細かく歩いて回る。熱中症警戒アラートが携帯に断続的に入ってくる炎天下の散歩だった。かつて、降雪の中で根釧原野を歩いていた時に、何で俺はこんなことしているんだろうと反芻したことや、写真はその場に行かなければ撮れないんだとして、学内のマラソンコースを走っていた学生の頃を思い出した。その頃に比べ、だいぶ足取りが重くなってしまったけど。
休業の三筋湯がどうなっているか気になって前まで来ると、夏の暖簾が掛かっているではないか。先月28日に営業再開したようだ。
京都の錦湯の廃業に続き、鴨川湯、そして西陣の京極湯が廃業するという情報が流れてきた。三筋湯が復活して良かった。休業している三ノ輪の日の出湯は再開してくれるのかなぁ。 
銭湯外観 2020.06.25.  春日  都営三田線  白山浴場 insta 白山二丁目、幕府の御薬園だった小石川植物園の傍らの白山浴場。旧町名は戸崎町で、昭和4年の名簿には戸崎湯と記されている。戦前からの歴史がある銭湯だ。やや熱めのお湯は古い銭湯時代からの伝統かも知れない。
銭湯外観 2022.06.18.  駒込 山手線等  えびす湯  insta  駒込の谷端川の暗渠沿いに広がる霜降銀座・染井銀座商店街。その暗渠沿いの銭湯。同湯を含め、この界隈の銭湯(殿上湯、香取湯、王子のえびす湯、滝野川浴場他)は柔らかなお湯で水がいいことを実感させられる。 
銭湯外観 2022.06.12. 江古田 西武池袋線  浅間湯  insta  音大通りの中ほどに位置する昭和2年創業の古豪銭湯。屋号はすぐ近くの浅間神社にちなむものと思われる。商店街は緩やかに谷になっていて石神井川の支流のエンガ堀の源頭に位置している。 
銭湯跡 2022.05.28. 水天宮 東京メトロ半蔵門線  木村湯   insta  
銭湯外観 2022.05.21. 浅草橋  総武線等  帝国湯  insta 三河島の帝国湯と比べて余りに地味過ぎる帝国湯。何処からもアクセスし辛く、同湯の前を通るのもの10年振りだった。しかし、明治創業の古豪。非戦災焼失地域ゆえに先代の建物は洋風だったというから華やかな時代がったと想像される。鶴の湯の裏の路地で写真を撮っていると桶を持った湯上りの若い方にほほ笑みかけられた。住人以外に入り込まない所だったので素通りできなかったんだと思う。そして、近くの帝国湯の存在を思い出させてくれた。
銭湯外観 2022.05.21. 浅草橋 総武線等 鶴の湯  insta 3軒の銭湯の中で戦前の建物をそのまま引き継いで営業を続けている。同湯だけでなく、隣の建物も、向かいの店舗長屋も戦前の建物。さらに同湯のある通りや派生する路地には戦前築の建物が多く残っていた。また、同湯の向かいに洒落た焼肉店「肉の大和」という店が2020年6月にオープンしていて、地味すぎる立地なので驚いた。ふぁっサードに取り付けられた煙突は如何なものかという感じではあったけど、丁寧にリニューアルして活用されている方が建物にとってはいいのかも知れない。鶴の湯は土曜日が定休日。下がっていた「本日休業」の札が堂々としている。 
銭湯外観 2022.05.21. 浅草橋  総武線等  弁天湯 insta 総武線の浅草橋駅より北側は広範囲に戦災を免れ戦前の面影を残すt建て物が僅かではあるものの残っている。そんな地域の古い建物を巡りながら3軒の銭湯を眺めてきた。 
銭湯外観 2022.04.23. 月島 東京メトロ有楽町線等  日の出湯 銀座のメルサで出展している相方の陣中見舞いのあと、銀座築地月島まで、戦災非焼失地域を昭和22年の航空写真を参照しながら7.9キロを4時間かけて歩く。気候が良いので途中で缶コーヒーを1本飲んだだけでノンレスで苦にならなかった。
日の出湯は、京橋区佃島28番地、昭和4年の銭湯名鑑にもその名前がある。旧来からの佃島地域の今も昔も唯一の銭湯銭湯だ。
同湯の周りの家と家の間の道は離島のそれのように狭い。恐らくは江戸時代から変っていないのではないだろうか。同湯の隣に釣り船屋があるように昔から船着き場だった。今は大栄マンションの1階に入るマンション銭湯だけど、船溜まりの傍らの銭湯というのは変らない。夕方なので細い路地から同湯に入りに来る人、あがって帰る人、自転車でやって来る人と人の往来がある。歴史がある秀逸なロケーションの銭湯だ。
銭湯外観 2022.04.16. 池袋  山手線等  ゆラックス  
銭湯外観 2022.04.16. 西巣鴨 都営三田線  滝野川浴場 八幡通り商店会の入口にあるビル銭湯。旧来型のコンクリ煙突を持つ薪焚き。少し奥まった所にある銭湯だからか、内外ともに秘湯的な印象を強く受ける銭湯だ。浴室内には小さいながら金魚が泳ぐ池がある。気を付けないと石鹸の泡が入ってしまうほどに間近にある。珍しい銭湯だ。
銭湯外観 2022.04.16. 板橋 埼京線  稲荷湯 西巣鴨駅(都営三田線)から板橋駅(埼京線)まで、旧中山道沿いの戦災非焼失地域の滝野川6丁目界隈を歩く。旧中山道に派生する感じで、庚申塚商栄会、御代の台商店会宮元商店会、八幡通り商店会、きつね塚通り商店会などの商店街があり数は少ないものの戦前からの建築を見ることができる。登録有形文化財となっている同湯は東京銭湯の中でも名湯の誉高い銭湯だと思う。傍らには従業員の住宅だった登録有形文化財の「稲荷湯長屋」が残っていて、6月のオープンに向けてレストア工事中だった。湯上り客が一服できるスペースとなるようだ。
銭湯外観  2022.04.09. 町屋 東京メトロ千代田線  野崎浴場 南千住四丁目、荒川二丁目、四丁目の戦災に遭っていない地域を歩く。野崎浴場の前の細い通りは、浴場側は被災し店舗長屋がある向かい側は被災していない。店舗長屋に今風の喫茶店が入っていたりケロリンのような紙のパッケージの配置薬を打っているこれも洒落た浜松薬品店などが出来ていて、どうしたんだろうというほどに変っていた。土曜日の夕方だった往来も多く、小生が知っている野崎浴場の雰囲気とは違っていた。同じ荒川二丁目には、都電の荒川二丁目電停からの商店街に富士見湯(2008年廃業)という哀愁漂う強烈なボロ銭湯があった。久し振りに訪れると道も拡幅され商店街の趣するら皆無になっていた。複数の戸建てに変って富士見湯の存在を垣間見ることができるものも残っていない。
銭湯外観 2022.03.18. 西荻窪  中央本線  天狗湯 【参考】「松庵川再考」本田創氏。
銭湯外観 2022.03.17 三ノ輪橋 都電荒川線 大勝湯 ジョイフル三ノ輪のアーケードの中央に位置している。辺りは戦災非焼失地域。戦前の長屋の区割りがそのままで狭小の住宅が密集している。人だけがやっと通れる細い道も多い。半ば廃墟のようなビル銭だけど、プール併設のスポーツジムが営業していた輝かしい時代もあるようだ。戦前の建物が残る長屋街から同湯の四角い煙突を見ていたら黒煙があがっていた。同湯は薪焚きの銭湯だ。
銭湯跡 2022.03.17. 荒川一中前 都電荒川線  弁天湯
中島弁財天 
三ノ輪の弁天湯(廃業)の女湯の庭に置かれていた中島弁財天がマンションの一角に丁寧に移されている。ここ一帯は伊勢亀山藩の下屋敷・抱屋敷があった場所。庭に中島弁財天がまつられていたことに由来する。弁天湯は関東大震災と戦災を潜り抜けた大正築の建物で営業を続けていたが、東日本大震災で命運が尽きた。
銭湯外観 2022.03.15. 曳舟 東武伊勢崎線  良の湯  
銭湯関連 2022.03.15. 曳舟 東武伊勢崎線  別府温泉
電氣湯 
白鬚神社の玉垣に、玉ノ井の別府温泉、京島の電氣湯、向島の大正湯および大和湯の屋号を見つけることができた。そして、墨田カフヱー協同組合なども。
銭湯外観 2022.03.13. 神楽坂 東京メトロ東西線 熱海湯 検番横丁の石段を下ると立派な煙突を持つ同湯が現れる。向かいが八百屋、隣が豆腐店。ロケーションがとても秀逸で、レトロ銭湯としても第一級だと思う。近年、ガス焚きに変ったのか、ステンレスの煙突が見え、薪の匂いもしない感じだった。そのうちにコンクリ煙突は撤去されてしまうのかも知れない。 
銭湯外観 2022.03.13. 神楽坂 東京メトロ東西線 第三玉の湯 大通りに面し、花道以外はビルに視界が遮られているので、同湯の全貌は見えない。熱海湯もそうだけど、神楽坂の銭湯は写真に撮るのが難しい。サウナブームだからか、開店早々、若い人もどんどん店に入っていった。 
銭湯跡 2022.03.13. 神楽坂 東京メトロ東西線 見晴湯 神楽坂の坂の最も高い位置にある。標高20メートルながらマンションからの見晴らしは絶景だと思う。こんな高い位置に地下鉄の駅(神楽坂駅)があるのはイメージと乖離する。 
銭湯外観 2022.03.13. 神楽坂 東京メトロ東西線  竹の湯 神楽坂の坂下の銭湯。見晴湯の下に位置する大型のビル銭湯。
銭湯跡 2022.03.12. 大井町 京浜東北線等  朝日湯 品川区品川歴史館に「品川用水」の企画展を見に行く。帰りは大井町まで歩きて、ゼームス坂上に残るハモニカ横丁を散策する。その一角にあったのが朝日湯。大井町は国鉄の工場を含め工場地帯だった。飲み屋街の銭湯も街の重要なインフラだったと思う。朝日湯の跡は長らくコインパーキングの状態が続いている。
品川用水は玉川上水の分水で江戸時代に開削された灌漑用水。品川区に農地が無くなった昭和初期に使命を終え排水路となった。流域に銭湯が建ち並んだのはその後のことのようだ。灌漑用水路と銭湯の排水は両立しないと思っていた。しかし、想像していたよろりもずっと早い時期に農業用水としての役割を終えていたと知る。世田谷区内も通っていたものの水利権は無かった。しかし、排水は関係がないようで、世田谷区の多くの銭湯が品川用水の流域にあった。
銭湯外観 2022.03.05.  白山 都営三田線  富士見湯 insta 2020年10月で廃業した同湯の母屋で解体工事さしきものが行われていた。解体であれば重機で表から順に壊しているのだと思う。母屋の建て替えか大規模なリニューあるなのか。だとすれば浴場部分はどうなるのか。いろいろと不思議な感じがした。 
銭湯外観 2022.02.26.  御徒町 山手線  燕湯 久し振りに燕湯にご挨拶。登録有形文化財の銭湯。ファッサードは増築なのか、オリジナルなのか、いつも悩む。木枠の窓枠など古い建具などが整っているので余計にそう思う。アメ横は普段通りの混雑。ガード下の飲食店にも日常運転の感じ。まん延防止は延長されそうな勢い。医療体制もひっ迫の度を増しているなかで、この光景はなんなんだろうと感じる。若い人は怖くないのかな。
銭湯跡 2022.01.08. 大宮 東北本線等  松の湯 氷川神社参道脇の旧松の湯跡。太宰治は「人間失格」を書き上げるために山崎富栄と大宮の天ぷら屋の主人宅に逗留。その際、時折、松の湯に通った。そして、太宰はこの1ヵ月余り後、「グッドバイ」の執筆途中に富栄と玉川上水へ身を投げて心中してしまった。
こちらの蓮見病院は、以前は中央通りにあって戦前から大宮の医療を支えてきた歴史がある。
銭湯跡 2021.12.05.  大塚 山手線等  金春湯 谷端川(小石川)の暗渠に沿う大塚三業地通り。金春湯跡が更地になっていた。左の古い建物は旧料亭「まじま」。大塚駅から至近の場所。谷間の道ながら湿った印象はさほどでもない。付近は新しいマンション開発が盛んだ。
銭湯外観 2021.11.20. 三鷹 中央本線 春の湯 三鷹駅前といっていい立地の銭湯。銭湯1軒分の敷地にしては大きなマンションの1階に入っている。開店前につきシャッターが閉まっているので、屋号を記した看板と傍らのコインランドリーでここが銭湯と分かるくらい。ササヒトレンド21とともに昭和43年の名簿に屋号を見つけることができる。その当時は三鷹市に27軒の銭湯があった。現在は4軒。まだ1軒も入っていないなぁ。
銭湯外観 2021.11.20. 三鷹 中央本線 アサヒトレンド21(旧朝日湯) 三鷹の車両基地に架かる跨線橋(昭和4年築)の撤去が決まった。横浜駅の南側にあった跨線橋にも似た古レールで組まれた趣あるもの。親子連れだけでなく、名残り惜しむ小生のような輩もちらほら。帰りに三鷹駅前のビル銭湯の外観を愛でる。大将だろうか、疲れた感じで開店前の準備をしつつ駐車場の脇でひと息ついていた。
番外 2021.11.06. 新宿  山手線等  東京銭湯ナイト vol.17 twitter   一昨年秋の台風により翌春の開催(阿佐ヶ谷)、昨年と3回目のオンラインとリアルの双方での開催。小生、持ちネタはなくオブザーバーでの参加というか、ほぼギャラリー。ここ数年は銭湯イベントも数多く開催されSNSによる銭湯情報もあふれている。かつてのような銭湯ナイトの希少性も薄れてきた印象がある。マニア的に尖った分野にこそ銭湯ナイト的には存在意義があるんだろうけど、必ずしも小生が求める郷愁は尖っていない。木造の銭湯は減ってきたものの、ビル銭にも面白さは多い。しかし、自由に銭湯に行くことがままならないのはつらい。残された人生はそんなに長くはないのだから。
銭湯跡 2021.11.03. 大塚  山手線等  玉の湯 twitter    
銭湯外観 2021.10.23. 南千住 東京メトロ日比谷線  玉の湯跡 insta 訪れると建築標識((仮称)玉の湯・認知症対応型共同生活介護施設新築工事)が掲げられた工事現場で、囲いがなされたもののまだ更地だった。銭湯は今年の6月にひっそりと廃業したようだ。山谷の銭湯がまた1つ無くなった。山谷を歩いていると、労務者の街という側面と高齢者で生活保護などの補助で暮らす街になっている。手押し車を押す老人や車椅子の老人を見かける。 
銭湯外観 2021.10.23. 南千住 東京メトロ日比谷線 富士の湯 insta 浅草の北側、いわゆる”山谷”の一角を占める白髭橋の袂の橋場は戦災非焼失地域だ。既存不適格で建て替えることができない路地裏の家など昔のまま多く残っている。同湯もそんな一角にある。航空写真を見て、建物のレイアウトが戦前と大きく変っていないので、躯体は戦前のままだろうかと推測していた。引き続きコロナのせいで入浴は控えたけど、外観を眺めだけだと、ととても戦前派の建物には見えなかった。直ぐ近くには戦前築と見られる長屋や通りの並びには看板建築の商店跡などが並ぶ。平賀源内の墓がすぐ近くにある。一方で、東京ガスの球形のガスホルダーや化学プラント、大きな清掃事務所や車庫など付近の風景は、少々、殺伐としている。
銭湯外観 2021.10.23. 三ノ輪  東京メトロ日比谷線 日の出湯 insta 三ノ輪の戦災非焼失地域にあって、戦前のの建物で営業している希少かつ第一級のレトロ銭湯。実用としても有馬湯と甲乙つけ難い素晴らしい銭湯だ。向かいにはやはり戦前の建物で営業している水上酒店(昭和2年創業)が奥には幾つかの長屋があって一帯としてなかなかの風情がある。水上酒店は、最近、角打ちもやっているようだ。かつての鎌倉の滝ノ湯と高崎酒店のセットで何度も楽しんだことを思い出した。
銭湯外観 2021.10.23. 三ノ輪 東京メトロ日比谷線 有馬湯 insta 戦後すぐの航空写真を見ると、三ノ輪駅周辺は空襲による戦災を免れている。今も出し桁造りの家や長屋が残っている。龍泉町217番地。有馬湯は昭和4年の「六大都市府県下浴場名鑑」に既に掲載されている歴史ある銭湯だ。航空写真では隣の区画は焼失している。同湯はぎりぎり焼失を免れたようだ。同湯は東京のの銭湯には珍しいコンクリートの独立した浴場建物を用いており、隣湯の日の出湯が典型的な戦前の木造銭湯の姿を残しているのと対照的だ。外から見た古いコンクリート造の外観に風情はない。しかし、お湯はいいし、浴室や浴室から脱衣所脇に伸びる庭は素晴らしい。第一級の東京銭湯だと思っている。
解体現場 2021.10.02. 根津 東京メトロ千代田線  六龍鉱泉 insta 池之端の相方のアパートの2階の窓から六龍鉱泉の煙突はすぐだった。時折り連れ立って仕舞い時刻に近くに入りに行った。熱い湯で有名だったけど、夜はさほどでもなかった。今日、夕方に何となく寄ってみると、気の良い外国人が大勢で解体していた。相方が住んでいたモルタルアパートも既になくなっている。何でこうも、さよならばかりが降り積もる。
銭湯外観 2021.09.25. 駒込  山手線等  松の湯 insta 谷田川の暗渠を動坂下から駒込駅まで歩く。途中の田端銀座という末枯れた商店街の繁栄ビルの2階に入っている。1階がサンキという格安の衣料品店が入っている大きなビル銭。ビル銭湯ながらレトロな趣があるのと、お湯がいいので気に入っている。 
銭湯外観 2021.09.04. 武蔵関 西武新宿線  松乃湯 insta  
銭湯外観 2021.08.11. 北品川  京浜急行本線  吹上湯 insta  
銭湯外観 2021.08.10. 三河島  常磐線  雲翠泉 今年最初の猛暑日に荒川3三丁目から三河島界隈の戦災非焼失地域に戦前の光景を求めて散歩する。同湯の前は何度も通っているけど、旧同潤会の日暮里共同住宅(昭和13年築)に接していることを知った。関係は分からないけど、同住宅には託児所や浴場がセットで設けられたと記録に残っている。戦前からの建物は雲翠泉、同潤会の共同住宅など多くはなかった。それからすると、雲翠が残っていることが奇跡的に思えてきた。
銭湯外観 2021.08.10. 三河島 常磐線 藤の湯 すぐ後ろが常磐線の築堤で、死者160人、負傷者296人を出した国鉄の五大事故に数えられる三河島事故はそこで起きている。当時国鉄は南千住の東京スタジアムを本拠地とするプロ野球の国鉄スワローズを持っていたがこの事故を契機に売却された。
銭湯外観 2021.05.29. 目白 山手線  福の湯  twitter 新宿区下落合の福の湯。東京の銭湯でこれほど道路から離れた私道の奥に建っている銭湯も珍しい。「六大都市府県下浴場名鑑(昭和4年)」にも載っている古豪。屋根に屹立する装飾が誇らしい。航空写真で見ると戦災でダメージを受けたようだ。今も戦後に再建された当時の建物がベースになっているようだ。希少な銭湯だ。ただ、エントランスは大きく改築され何故か大正ロマンをコンセプトにした改装がなされている。大正時代からの銭湯なのかなぁ。
銭湯外観 2021.05.22. 新小岩 総武本線 菅原湯 insta 菅原橋交差点は幾つかの交差点が複合した11差路というとんでもない交差点。鹿骨街道と千葉街道が交差するうえ、小松川境川(現在親水公園)、仲井堀川(暗渠道)、後年、同潤会松江普通住宅(昭和初期の400戸余りの大プロジェクト)への「同潤会通り」も加わって複雑な様相を呈している。 同湯はその扇形のパイの1ピースを構成する変った地型に建っている。千葉街道からは少し奥まっていて小松川境川に接している。付近は中小企業の工場が多く建ち並んでいたようだ。
銭湯外観 2021.05.22. 新小岩 総武本線  湯パーク松島 insta 新小岩小松通り会という商店街が尽きる辺りにある。尽きた先から川跡が伸びているので、この商店街の一部は暗渠的な部分があるのかも知れない。そうでなくとも、界隈を歩いていると水路跡と思しき蛇行した小道が多い。
銭湯外観 2021.05.02.  木場  東京メトロ東西線  ニュー松の湯 insta  5年ぶりの運転免許の更新で江東試験場へ。帰りに洲崎川緑道を歩いて洲崎パラダイスの前衛の飲み屋の遺構を眺め、大横川の畔の「ニュー松の湯」を眺める。
銭湯跡 2021.04.24. 木場 東京メトロ東西線  第一弁天湯 insta 町名が洲崎弁天町だった時代からの歴史ある銭湯だった。ビル銭だったけどマンションに建て替わっている。しかし、銭湯側には理髪店、たばこ屋、コバンザメコインランドリー、鮨屋、美容院。向かい側に跡を含む数件の飲み屋が並ぶという、銭湯跡ならではの風景が未だ残っている。
銭湯外観 2021.04.24. 木場 東京メトロ東西線 金春湯 insta 東陽1丁目は元禄年間埋立てられて根津から遊廓が移転された地域。戦災で焼失し、東側のみ洲崎パラダイスという赤線に転じた。同湯は西側エリア。昭和4年の銭湯名鑑に名前がないことから戦後の銭湯のようだ。ビル銭湯。マンションの上に立派な煙突が立っている。 
銭湯跡 2021.04.17. 大塚 山手線等  花の湯 twitter 「サウナ玉泉」を残しビル銭湯は解体の最終盤だった。 
廃業銭湯 2021.03.26.  入谷  東京メトロ日比谷線  快哉湯 insta 昭和22年の航空写真をもとに根岸、入谷の戦災非焼失地域を隈なく歩いていた。入谷にこれほぼまで戦前の長屋が残っていることに改めて驚いていると、図らずも旧快哉湯に出くわした。同湯を訪れた際に周りに古い建物が多いことは知っていたけど、これほど重層に残っているのは知らなかった。快哉湯は同湯だけでなくなかなか稀有なロケーションにあった銭湯だったようだ。さりとて、長屋群を一気に地上げする光景に出くわしたり、同湯の斜向かいで建物が解体されていたりと、戦前の痕跡は失われて行く。
《過去の訪問記録》2004.07.042012.06.022015.03.07.
銭湯外観 2021.03.26. 鶯谷  山手線 宝泉湯  inst 根岸3丁目交差点の宝泉湯。界隈は戦災非焼失地域で、今も四角のうち2つは戦前築の建物が残っている。半日かけて界隈を歩いてみたけど、根岸、入谷にはまだ戦前の建物が多く残っていた。建て替えられる前の建物は戦後築と見られるものの、堂々とした伝統的な銭湯建築だった。
《過去の訪問記録》2009.07.22.
銭湯跡 2021.03.06. 面影橋  都営荒川線  安兵衛湯 insta かぐや姫の大ヒット曲「神田川」で歌われた銭湯のモチーフといわれている。自宅からさほど遠くない所だけど訪れるのは同湯が営業していた昭和59年以来、38年振り。早稲田通りと平行する1本北側の茶屋町通り。大学での授業を終え古本屋を散策し、夕方の商店街で写真を撮りながら偶然に近くを通ったので離れた場所からチョロッと撮ったのを覚えている。当時は商店街だったけど、完全に住宅地に変っている。微かに狭い間口のモルタルの建物がいくつか残っているくらいだった。同湯跡後方の水稲荷神社には四十七士の剣客、高田馬場の戦い等を記した堀部安兵衛の顕彰碑が建てられている。※当時の写真
銭湯外観 2021.03.06. 早稲田 都営荒川線  豊川浴場泉 insta  
銭湯跡 2021.02.13. 茗荷谷店 東京メトロ丸ノ内線  かねき湯 insta 昭和9年に暗渠化された谷端川の旧流路上の建つ銭湯。戦前からの銭湯のようだけど、戦災後に建物が流路跡の側(北側)に少し移動したように見える。
銭湯跡 2021.02.13. 茗荷谷 東京メトロ丸ノ内線 萬生湯、新東湯 insta 昭和4年の「六大都市府県下浴場名鑑」によれば、裏に谷端川(小石川)が流れるここ旧小石川区小石川氷川下町42番地に「萬生湯」という屋号の銭湯があった。戦災で焼けた後、建て替えの有無はよくわからないけど、少なくともバルブ期までは2段型屋根の伝統的木造銭湯として営業してきたようだ。旧小石川区に66軒、旧本郷区に58軒。今は君の湯(非組合)を含めて5軒にまで減った文京区に124軒もの銭湯があった頃の話です。
銭湯外観 2021.01.30.  豊洲 東京メトロ有楽町線  白山湯 insta 枝川は戦前の中止された東京オリンピックの会場確保のため、多数の朝鮮人が当時はごみ焼却場などもあり環境が悪かったこの埋立地に強制的に移住させられたという歴史を持つ。朝鮮学校の存在が今もその歴史をとどめている。大将は本所の銭湯を皮切りに、昭和30年に6軒目の同湯で銭湯のオーナーとなった。以来幾星霜。現在の建物は木造モルタルのレトロ系銭湯。しかし、シャッターにペンキ絵、明るく清潔極まりない店内、奥壁のタイル絵、人工炭酸泉など地味に素晴らしい銭湯だ。
銭湯外観 2021.01.11.  雑司ヶ谷  東京メトロ副都心線  高砂湯 insta 護国寺に程近い雑司ヶ谷の谷を流れていた弦巻川(暗渠)の改修前の旧流路を逍遥する。それなりの水量の自噴井戸がある。戦災非焼失地域の中に貴重な自然が残っている。暗渠をさらに遡上すれば高砂湯。弦巻川の暗渠の商店街には古い美容室理髪店クリーニング屋などが残っている。特に「いせや食料品店(創業大正13年)」は昭和7年築の建物で営業を続ける落涙必至の昭和なお店だった。鯖の味噌煮や昆布巻きなどの総菜が、氷で冷やす化石の冷蔵庫の横に並んでいる。半世紀以上前の記憶にだけ残っている光景がリアルに広がっている。
銭湯外観 2021.01.09. 江北 日暮里舎人ライナー  おきもと湯 insta  
銭湯外観  2020.12.26.  山手 根岸線  泉湯 insta 旧千代崎川の暗渠を遡上して泉湯まで。「港の見える丘公園」から続く尾根の下に佇むようにある昭和23年築の小さな銭湯。小生の大のお気に入り。6の付く日(6日、16日、26日)なので休みだった。もとから高くない油井型の煙突が先端に何か器具が付けられて少し短くなっている。入口には既に正月の営業日程が張り出されている。トタン張り浴舎の反対側は元々の和風下見板張りが残っている。庶民的な横浜のこの地域に相応しい昔ながらの姿を良く残している。横浜に限定しなくても下見板張りの銭湯はかなり珍しいのではないか。本郷町の「留仙閣」で中華まんを買って、千代崎町のバス停から元町へ。
銭湯外観 2020.12.26. 山手 根岸線 いなり湯 insta 幕末、外国人のために造られた射撃場だった跡地という1キロほどの見事な直線の大和町商店街にある堂々とした建物の温泉銭湯で旧千代崎川の近くに位置している。箱型のエントランスが横浜の銭湯の特徴を表している。太くやや短い煙突や、コインランドリーがオープンな屋外というのも変わっている。こういった横浜の銭湯も数少なくなってしまった。同湯は横浜銭湯の至宝だと思う。久し振りに入りたいものの状況が許さないのは誠に残念。
銭湯外観 2020.12.12. 江戸川橋  東京メトロ有楽町線  竹の湯 insta 神楽坂から赤城坂という急坂を降りた改代町にある古いビル銭湯。界隈は印刷関係の工場が多かった地域。商店街には微かにだけど往時の雰囲気が残っている。一方で、界隈では松の湯、金成湯と廃業が続いている。
廃業銭湯 2020.12.12. 神楽坂 東京メトロ東西線  旧見晴湯 insta ・神楽坂上をさらに進んで、坂を上り切った高台の赤城神社の傍らにあったビル銭湯。長らく「見晴湯」と記された煙突が残っていたけど、短く切られステンレスの蓋が被されている。今はサクラハウスというコインランドリー併設のマンションとなっている。赤城坂に向かって展望が開けている。銭湯時代も今も眺望は抜群。駅も近いし、やや観光地化された嫌いはあるけど神楽坂にはスーパーや楽しそうな店も多い。
・神楽坂:和田写真館鳥芳ドーナツもり魚周加賀屋
廃業銭湯 202012.12. 大塚 山手線等 旧玉の湯 insta 廃業から2ヵ月経って近くを通る。閉店のお知らせが貼ってあるシャッターの周りは少々荒廃が目立つようになっていた。
廃業銭湯 2020.11.22.  京成曳舟 京成押上線  旧あづま湯  insta 京成曳舟駅の南東、京島2丁目に曳舟川(現曳舟川通り)から引水した2つの水路跡からなる馬蹄型の通りがある。江戸時代からある古くからの道で、細い路地が多い京島界隈では幅広い通りになっている。元々は田圃の用水路。その後関東大震災前まで馬蹄型の内側には、水路から引かれた水によって幾つもの養魚池が造られ金魚が養殖されていた。界隈にも養魚池が数多くあった。そして、以下の5軒(あづま湯、曳舟湯、電気湯、柳湯、多満利湯)の銭湯はいずれも古い馬蹄型の水路跡に沿って点在している。電気湯を除く4軒は昭和4年の「六大都市府県下銭湯名鑑」に載っていて、戦前の間に電気湯が加わり、長らく5軒体制が続いていたようだ。
(注)馬蹄型の通りの南側は、曳舟たから通りの旧道で屠獣場があったことから、屠殺通り、浦安街道などとも呼ばれてもいた。 
あづま(吾嬬)湯は廃業しているものの建物が残っていた。昭和11年の航空写真で姿を確認できる古豪銭湯。昭和40年代にこの3階建の大きなビル銭湯に改築されたようだ。併設の共同住宅やテナントの美容院などは今も稼働している。
〈参考資料〉「墨田区の銭湯の変遷」 (赤猫丸平の片付かない部屋)
銭湯跡 2020.11.22.  京成曳舟 京成押上線 曳舟湯  insta 京成曳舟駅至近の昭和7年築の建物で営業していた名銭湯だった。馬蹄型の水路跡の頂点部(2本の水路が交差ないし分岐していたと思われる)に位置していた。タワーマンションや商業施設が並ぶ駅前再開発エリアとして、子供が遊ぶ広場になっていた。
銭湯外観 2020.11.22.  京成曳舟 京成押上線 電気湯  insta 歯科医院併設の大きなビル銭湯。戦前からの銭湯で、昭和40年代後半ないし50年代前半に現在のビルに改築されている。古いビルながらしっかり手入れがなされている感じの建物だった。元々は高いコンクリ煙突があったようだけど、2階の高さくらいから切り取られ、隣にステンレスの煙突が立っていた。表にも裏にも渋い酒屋(やっている?)があるのが印象的だった。
銭湯跡 2020.11.22.  京成曳舟 京成押上線 柳湯  insta キラキラ橘商店街の銭湯。関東大震災後にできた商店とともに開店したのだろう、昭和4年の名鑑や昭和11年の航空写真でその姿を確認することができる。平成の終わり頃の航空写真ではまだ確認できるものの、平成19年の航空写真ではマンションに変っている。
銭湯跡 2020.11.22.  京成曳舟  京成押上線 多満利湯  insta キラキラ橘商店街の墨田京島郵便局の裏手にあった銭湯。関東大震災後に、田圃から池に変り(養魚池?)、人口の増加とともに商店街が形成され、池が埋め立てられて、そこに銭湯が建てられたようだ。非戦災で戦後を迎え、改築の有無は分からないものの伝統的木造銭湯そのままで昭和の終わりか平成の初め頃まで営業を続けたようだ。花道を通り商店街に向かって少し奥に建っていた。現在は駐車場と古くはない2階建てのアパートになっている。
多満利湯という屋号の銭湯は、墨田区の前身の向島区すらできる前の昭和4年の名鑑によれば、南葛飾郡吾嬬町小村井1190番地となっていて現在の京島とは少し離れている。一方、同湯の隣湯の柳湯や曳舟湯に近い所に「寶湯(南葛飾郡寺島嶋寺嶋2376番地)」という銭湯があった。古い地番の確認はできていないけど、この寶湯がどいいう経緯か多満利湯と屋号を変えたと想像している。
銭湯跡 2020.11.22.  小村井 東武亀戸線  第一鶴の湯 十間橋通り、第四吾嬬小学校の向かいにあった銭湯だった。ここ文花三丁目バス停界隈には古く印象的な戦前の店舗長屋建築群が点在する。関東大震災後、これらの開発と機を一にして開業した銭湯なのだろう、昭和11年の航空写真で既に同湯の姿を確認することができる。平成19年の航空写真では介護付有料老人ホームに変っているものの、それまでは伝統的木造銭湯で営業を続けていたようだ。

【御礼】
ロフトへ足を運んで頂いた方、有料配信で御覧頂いた方、ありがとうございました。

銭湯めぐりをお休みしているのでネタはありませんでしたが、家で有料配信を見ながら、オンラインで会場に繋いてもらっていました。
銭湯に入って居酒屋ということがし辛い環境ですが、散歩の途中で銭湯の写真を撮ったりしています。
来年も一応は開催する方向で調整中です。引き続きよろしくお願いします。
(11/14記)

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【ご案内】東京銭湯ナイトVol.16のご案内 「GO TO銭湯」

(イベントHP: http://www.kt.rim.or.jp/~tsukasa/sento/tokyo1010/)
・2020/11/7(土) 19:00-22:00
・新宿ロフトプラスワンにて!(歌舞伎町)


今回はリアル会場イベントと、ネット配信の両方を実施します。
配信は2週間後まで録画を閲覧可能です。
いつも遠方、もしくは仕事中で参加出来ない方も、今回は配信で参加可能!開催中、出演者にチャット質問もガンガン出来ます!
繁忙タイムのために参加出来ない銭湯主の方!フロントでお客さんと一緒に見ましょう!

【出演】(敬称略)
町田忍、下北沢つかさ、ナカムラ(風呂屋の煙突)、もりたゆたか(銭湯wiki)、銭湯OLやすこ(銭湯大使、銭湯OL日誌)
けんちん(電気風呂)、ステファニーコロイン(銭湯大使、銭湯は小さな美術館)

【内容】
(第一部) 銭湯めぐり入門編
銭湯は風呂しか気にしてなかったが…よく見ると各銭湯ごと、いろんな特徴があるんです。
建物、暖簾、ペンキ絵やタイル絵、変わり湯、良く分からない変なもの…比べ始めると気になる!今回は、銭湯内部のお宝写真も含めて、いろいろなチェックポイントをご紹介します。

(第二部) マニア編
とうとう出てしまった…マニアすぎて誰も手を付けないデンキ風呂!しかしデンキの世界は深かった…
今回は、世界初の電気風呂専門書を無謀にも刊行した、けんちん氏から電気風呂ワールドをご紹介!
その他、数々のディープな銭湯マニア話。

【入場料】
密回避のため先着75名限定!なので今回、前売優先です。
前売り 1500円 当日 1800円(飲食別)

リアル会場前売申込はここから↓Peatix
https://peatix.com/event/1670475

※ 飲食メニューは居酒屋程度の価格
※ 混雑しますので前売をお勧めします。

【配信】 銭湯主の方もフロント(番台)で視聴可!
1500円

配信申込はここから↓TwitCasting
https://twitcasting.tv/loftplusone/shopcart/31775

配信についてはこちら↓

https://twitcasting.tv/helpcenter.php?pid=HELP_PREMIER_LIVE_BUY


銭湯跡 2020.11.07. 護国寺  東京メトロ有楽町線 新川湯跡  insta  
銭湯跡 2020.11.07. 新大塚  東京メトロ丸ノ内線  大正湯跡 insta  
銭湯外観 2020.11.07. 新大塚 東京メトロ丸ノ内線  君の湯 insta  
銭湯外観 2020.10.25.  白山  都営三田線  富士見湯 insta

文京区白山の富士見湯。菊水湯(廃業)とともに好きな銭湯だった。会社の同僚と連れ立って訪れたり。大晦日の年締めの湯だったりと思い出も多い。創業57年、今月末で暖簾を畳む。千代田湯、歌舞伎湯、金春湯、玉の湯と、界隈の銭湯は減り続けている。

銭湯跡 2020.09.20.  恵比須 山手線等  三田浴場 insta twitter 2007年訪問時のレポート
銭湯外観 2020.09.12. 大山  東武東上線  金松湯 insta 
銭湯外観 2020.08.18.  西大島 都営新宿線 第二久の湯 insta 銭湯の近くに来ても通り過ぎるばかり。何時になったら銭湯に入ることができるのだろうか。
銭湯跡 2020.08.01.  大森  京浜東北線  第一京浜浴場 insta 東日本大震災で煙突が倒壊しそのまま廃業。屋号が特徴的な戦前派銭湯だった。
銭湯外観 2020.07.25.  神田  山手線等  お玉湯 inata   
銭湯外観 2020.03.25. 新大塚 東京メトロ丸ノ内線  サウナ玉泉/玉の湯 insta  
銭湯外観 2020.03.22. 幡谷 京王新線 仙石湯 insta   

【お詫び・御礼】
今回は参加出来なかったことをお詫びいたします。
また、ご来場頂きました方々につきましてはありがとうございました。
ウィルス禍で来場者が減っている折、ロフトのスタッフの方々にも笑顔が見られたと伺っています。
次回開催は11月7日です。お会いいたしましょう。(3/24記)


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【ご案内】今回の会場は阿佐ヶ谷ロフトAです。台風で延期になったVol.15の代替イベントです。


銭湯ナイトVol.15R 「令和の銭湯へ」 ~江戸、明治、大正、昭和、平成の銭湯、そして、その先へ
【日時】 2020/3/21(土) 19:00~22:00(18:00オープン)
【場所】 阿佐ヶ谷ロフトA(中央線阿佐ヶ谷駅2分) 地図
【料金】 前売1500円、当日1800円(飲食別)


 事前予約をお勧めします。
 予約は↓から 
 (工事中)

【出演】(敬称略)
 町田忍下北沢つかさ
 ナカムラ(風呂屋の煙突※諸事情により出演見合わせ
 もりたゆたか(銭湯wiki)
 銭湯OLやすこ(銭湯OL日誌) ※ 同上
 尾形明範(銭湯ライブ月の湯ナイト

 スペシャルゲスト
 オプティオ和田(東京レトロを行く) ※ 同上

【内容】
(第一部)
令和記念特集!江戸、明治、大正、昭和、平成と銭湯の歴史を振り返り、それぞれ由緒ある銭湯を銭湯マニアが紹介します。
そして、令和時代の銭湯はどうなっていくのか…

(第二部)
2000湯以上の銭湯に入り、青函連絡船十和田丸最終便1日船長も務めた尾形明範氏の「青森県の一般公衆浴場」、日本有数の銭湯県である青森のディープな銭湯話。

そして今回は、会場参加型のパネルディスカッションを行います。テーマは
・聞いてくれ!銭湯の衝撃体験を語り合おう!
・銭湯の将来「銭湯黄金時代へ」

特別企画:銭湯ナイトオリジナルメンバーのオプティオ和田から、超レアな銭湯グッズの即売会。白ケロリンもあるらしい ※諸事情により出演見合わせ

【イベントWEB】
http://www.kt.rim.or.jp/~tsukasa/sento/tokyo1010/
Facebook

銭湯跡 2020.03.07.  稲荷町  東京メトロ銀座線  松の湯跡 insta 東上野の戦災非消失地域にあった銭湯。扉を開ければいきなり脱衣所という地方銭湯の趣がある銭湯だった。2007年頃に廃業し、再開発されるでもなく未だ駐車場になっている。 
銭湯外観 2020.03.07  稲荷町 東京メトロ銀座線  日の出湯 insta  
1213 2020.02.29.  谷在家  日暮里舎人ライナー  永泉湯  高度成長期までは田圃が広がっていた地域に農家から転身し昭和43年創業。農業用水路の傍らにあって、かつては橋を渡ってのアプローチだった。比較的新しいからか紐帯などによる補強がない堂々としたコンクリ煙突。紺地のオリジナル暖簾や何より青い瓦がさわやかな印象を与えている。エントランスや脱衣所の格天井もなかなかに見事。井戸水を薪で沸かしたお湯は柔らかい。男女境のモザイクタイル絵は静かな入江の図でなかなかいい。惜しむ楽らくば、ペンキ絵があればなぁ。
銭湯外観  2020.02.29.  赤土小前 日暮里舎人ライナー  ニュー恵比須 insta 尾久銀座から少し入った所にある油井型煙突を持つ伝統的木造銭湯。
銭湯外観 2020.02.29.  小台 都電荒川線  梅の湯 insta 昭和レトロ色濃い旧小台通りの小台銀座の中ほどにある新鋭銭湯。格天井の天板に歌留多絵絵が描かれていた老舗がこんなになるとは想像出来なかった。併設の「梅京」も引き継がれている。
銭湯外観 2020.02.29.  熊野前 都電荒川線  尾久ゆ~ランド熊の前 insta  尾久銀座と交差する川の手もとまち商店街にあるかなり大型のビル銭湯。
1212 2020.02.22.  堀切菖蒲園  堀切菖蒲園 富士の湯  油井型の煙突を持つ伝統的木造銭湯。改装はされているものの、戦後に開業じた当時の建物を引き継いで営業を続けている。写真で見て下手なペンキ絵と感じていた奥壁の絵は、千切り絵調のモザイクタイル絵だった。鯉がいるというけど女湯側なのかな。男湯は庭などもなく少々殺風景な印象を受ける銭湯だった。
銭湯外観 2020.02.22.  京成小岩 京成小岩 吉野湯 insta ダブル千鳥破風の豪壮な印象の伝統的木造銭湯。千鳥破風には懸魚でも籠手絵でもない、龍なのだろうか独特の意匠が施されている。地蔵湯もそうだったけど、高い煙突は無くガスで沸かしているようだ。入りたいと思う戦闘だった。 
銭湯外観 2020.02.22.  京成小岩 京成小岩 地蔵湯 insta 小岩の繁華的な感じとは異なり京成小岩は住宅街。エントランスの破風が崩れたのかグレーのシートが掛けられたままで少々痛々しい。コンクリートの外壁もやり直すのか表通り側は解体されていた。界隈の商店街を冷かした後、同湯に入ろうと思っていたけど、土曜日低級という凡ミスをしてしまった。 
1211 2020.02.15.  梅島  東武伊勢崎線  大和湯  旧日光街道に面した古豪銭湯。昭和22年の航空写真でその姿をはっきりと確認することが出来る。昭和11年の写真でも薄っすらと見えなくもない。旧日光街道に沿って水路が惹かれていたようだ。現在の建物は昭和32年築という。千鳥破風&唐破風の見事な建物。かなり末枯れややボロさをも感じるレトロ系だけど、草津温泉浴剤製造所の緑がかった濃厚なハップ湯はなかなかのものだった。浴槽から離れたカランもみな黒くなっているほど。奥壁は辻堂・不動湯のように”床の間”が設えられ溶岩による岩山になっている。脱衣所の飴色の折り上げ格天井は見事。窓の桟も古いものが残っている。荒れてはいるものの濡れ縁を介した庭もさぞ凝ったものだったんだろう。黒柱時計の文字盤がガムテープでふさがれていたり、短く切られた阿部定煙突が母屋に半分埋め込まれるような造りだったり、末枯れ系なにの暖簾を潜るといきなり券売機があったりと少し普通と違った所が多い楽しい銭湯だった。 
廃業銭湯  2020.02.15.  梅島  東武伊勢崎線  旧城北湯 insta 梅島駅を降りて直ぐの場所に大きな廃業銭湯があった。ネットで調べると6年も前に廃業しているようだ。2階建ての陸屋根のビル銭湯としてはやや変わった建物。後方に短く切られた煙突とガス用のステンレスの煙突がある。表のシャッターには進入多発につきご近所様注意との張り紙があった。
銭湯外観  2020.02.08.  曳舟  東武伊勢崎線  良の湯 insta   
再訪 2020.02.08. 鐘ヶ淵 東武伊勢崎線 田中湯 insta 昭和4年の名鑑に田中湯の名前を見ることが出来る。田中湯の一角は戦災に遭っていないようで、昭和20年の航空写真に同湯の姿が写っている。エントランスの破風は古い銭湯の目印となる狐格子。若い番台氏に聞けば昭和48年築と言っていたけどそんなわけはない。9年余り前に訪れた時は昭和27年と聞いたようだけど、戦前の建物のように見える。どうなんだろうか。上がりの一杯は同湯至近のもつ焼き屋「栄や」も気になったものの、ハードな接客で名を馳せている大衆居酒屋向島「かどや」へ。予想よりもハードで緊張が走る居酒屋だった。ただ、質、量からして、破格な居酒屋で、それも驚きだった。
銭湯外観 2020.02.08. 鐘ヶ淵 東武伊勢崎線 狸湯 insta 近年改装したようだ。土曜定休らしく休みだった。
廃業銭湯 2020.02.08. 鐘ヶ淵 東武伊勢崎線 旧隅田湯 insta 玉ノ井の銭湯。廃業して何年かなるけど、煙突、建物もそのままの姿で残っている。玉の井は路地裏のカフェー調の建物の建物も建て替わっていた。
銭湯外観 2020.02.08. 鐘ヶ淵 東武伊勢崎線 みまつ湯 insta
銭湯外観 2020.02.08. 南千住 常磐本線等 ゆとんぶり栄湯 insta 山谷の温泉銭湯。
再訪 2020.02.01. 町屋 東京メトロ千代田線等 竹の湯 insta かなり古くからの銭湯のようだ。判読し難いけど、昭和20年の航空写真でぼんやりと同湯の姿が見えるような見えないような。昭和4年の名簿には旧三河島町町屋にあった銭湯9軒に同湯の名前はなく、昭和11年の航空写真にも銭湯らしき姿はない。京成線の町屋駅は昭和6年に開設。その後、斎場前の通りが切られる前後に開業したと推測される。現在の建物は、コンクリ煙突を有するモルタルの簡素な伝統的な木造銭湯。鯉が泳ぐ庭池、格天井の脱衣所。熱めのお湯、白濁のカルシウムの薬湯、無料の乾式サウナ。ペンキ絵などのビジュアルはないけど、雰囲気とお湯がいい銭湯だった。
廃業銭湯 2020.01.26. 高円寺 中央本線 旧宮下湯
再訪 2020.01.18.  板橋本町  都営三田線  竹の湯 insta 
板橋本町、竹の湯。気品ある福二画の福助が迎えてくれる。東京銭湯だけど浴室のレイアウトが京都的。掘り込みが深い浴槽も珍しい。スカイツリーと富士山を描いた中島さんのペンキ絵、明朗快活な大将の挨拶、動くと噛みつく熱いお湯は健在だった。外観は増築で原形をとどめていないけど、なかなか優れたレトロ 系だと入れ込んでいる。4年ほど住んだ、稲付川暗渠畔の昭和30年代築の木造家屋は改築されて消失してた。十条仲通りの馴染みの寿司屋はやはり予約で一杯。なんとお功楽やも貸し切り。開店前から行列する斎藤酒場に入る気になれず、演歌流れる三忠食堂へ。マグロと熱燗で一服。何と創業40年のこちらは再開発で2月一杯らしい。十条を離れて6年。色んなものが消失していた。
再訪 2020.01.17.  巣鴨 山手線等 東京染井温泉Sakura insta  東京と駒込の間にある天然温泉。大規模な施設ではないけど、ゆったりとして寛ぐことができる。開業時と比べ温泉の質は落ちたけど、井戸水温泉とは違った本格的な温泉だ。ただ、落ち着いた飲食スペースはちょと高めの価格設定かな。
 再訪 2020.01.12.  三河島 常磐本線  喜楽湯 insta
三河島の荒川仲町通り商店街の端っこにある。大正13年創業。平成元年にガス焚きに転換したため煙突はないけど、伝統的な木造銭湯として営業している。147尺(485メートル)の深井戸から汲み上げた水は飲用にも耐えるもので、お湯が輝いているし、ひと味違う浴感が実感出来る。ロビーには鉄道マンだったという親戚の方が描いた大きな本格的な絵画やこれも本格的なステンドグラスが飾られている。
再訪 2020.01.10. 王子神谷 東京メトロ南北線 豊島浴場 insta
戦前の建物で営業を続ける貴重な銭湯。昭和6年に固定資産税を払い始めた記録があるという。出し桁造りのような脱衣所に平入りのエントランスが付いている。往時の同湯を描いたものか、番台の背に当たる部分の鯉のタイル絵の上に瓦屋根の同湯の絵が掛かっている。
この辺りは、戦前、板橋火薬製造所の十条分工場と王子分工場、肥料工場があるような化学系の工業地帯だった。同湯向かいには大きなマンションだ建っているけど、昔からかなり大きなお屋敷が有ったようだ。丸山さんのペンキ絵がある、王子界隈の他の銭湯と同様でお湯もいい。
銭湯跡 2020.01.02. 笹塚 京王線 月の湯 insta 平成元年廃業の銭湯。跡地にはアパートが建てられたものの、更なる改築がなされるようだ。標高42メートルと高い。井戸水を汲み上げ、後方の坂下を流れる北沢川の支流の森巌寺川に排水していたのだろうか。近くには水を多く使うワカメ屋や大豆を茹で味噌を醸造していた広瀬味噌があった。
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